情報収集

チョウロウたちの「気遣い」とは情報収集のことです。

個人情報を提供するだけの「気遣われる」側のメリットと言えば、チョウロウにお声をかけられた=エホバ様に気遣われた、という錯覚だけです。

社会常識も社会経験もないチョウロウは、「この世の常である試練」 (コリント第一10:13) に役立つ知識も経験もプラクティカルなアドバイスも、持ち合わせてはいない。

お悩み事がなんだろうが

祈れ
聖書読め
集会休むな
布教も欠かすな

を言えばいいだけの簡単なお仕事です。というか、それしか言うことがない。

JW流に「王国を第一」にすれば万事は上手くいくのです。しかもイエスの語った「王国を第一」が、JWの独自宗教活動を万事に優先させる、に狭められ、いや歪められてしまっている。

しかし現実には、そういう意味で「王国を第一」にすると万事が上手くいかない。常に「自分は十分にできていない」罪悪感を持たされる、チョウロウや周りの目を気にしてストレスはたまる、無自覚に心身は削られる、非信者家族との関係も悪化する、会社や学校で変わり者扱いされる。

そうやって人生を削る「犠牲」の対価として得られるのは、「エホバの証人であり続けるためのメンタルが強められた」という錯覚だけになる。

しかしその錯覚が彼らにとって何よりも重要だったりする。自分たちだけが、やがて天使総動員による人類大虐殺から救われて永遠の命がもらえる、という錯覚と同値だからです。


話を戻します。


では、表向き「気遣う方」のチョウロウ側のメリットとは何か。

自分の気遣ったヒツジが、「エホバの証人であり続けるためのメンタルが強められた」のを見て、自己満足という形のエクスタシーに浸る人もいます。こっちも錯覚です。

これはまだ純粋で、この宗教に汚(ヨゴ)されていない部類の人です。


かたや、トッケン志向のチョウロウにとって具体性のあるメリットは「情報量」です。

中には、ヒツジと純粋に友になり、その信頼関係から打ち明けられたことを、安易に他のチョウロウやジュンカイには垂れ流さない人もいます。

しかし大抵のチョウロウは気遣うフリをして収集した情報をジュンカイに垂れ流します。すると情報量の多さ=普段からヒツジに「声をかけている」「気遣っている」評価になるからです。

続きます。

入場券

地上のすべての宗教はこの願望のうえに作られているんだし、おれはそう信じている。それにしたって、問題なのは子どもたちさ。問題は山ほどあるのに、おれは子どもだけを例にとった。そこには、おれが言わなくちゃならないことが、一点の曇りもなくはっきり示されているからなんだ。

人はみな、永遠の調和を苦しみであがなうために苦しまなければならないとしたら、子どもはそれにどう関係する、ひとつ答えてくれ。

もしも、子どもたちの苦しみがだ、真理をあがなうのに不可欠な苦しみの総額の補充に当てられるんだったら、おれは前もって言っておく。たとえどんな真理だろうが、そんな犠牲には値しないとな。

調和なんておれはいらない、人類を愛しているから、いらないんだ。それよりも、復讐できない苦しみとともに残っていたい。

だから、自分の入場券は急いで返そうと思ってるんだ。おれがせめてまともな人間だというなら、できるだけ早くそいつを返さなくちゃいけない。おれは神を受け入れないわけじゃない、アリョーシャ、おれはたんにその入場券を、もう心からつつしんで神にお返しするだけなんだ。

イワン・カラマーゾフ


性犯罪を隠蔽すること、シラを切り通すことがこの組織の 「調和」 とやらに必要なら、そんな調和に価値はない。


それこそが一点の曇りもない真理で、2~3人の 「かわいそうだと思わないこともない」 犠牲の上に成り立つ真理など、この世に存在しない。


存在したとしても、どんなわずかなコストでも、何かをかけてまで守る価値もない。


全能神が苦しみを上から眺めて放置しながら、それでもお粗末な 「不完全」 代理店に従えと、そんなマゾヒズムを哀れな信者に課して 「自分の正しさ」 を立証しようとしている、というふざけたWT解釈にも、何の価値もない。


エゴな神とその教えは 「自分たちだけが正しい」 エゴな盲従信者と、その盲従の上にあぐらをかく 「命令はするが責任は取らない」 特権階級を生むだけだ。

信教の自由②

「JW.orgロゴを掲げる、も協会関連法人所有の建造物で集まる」自由

「も協会の印刷物を発行し、配布する」自由


この世に 「真の」 キリスト教など存在するのかどうかは知らないが、キリスト教とはこんなちっぽけな自由に依存するものなのか。

こんな程度の自由がないくらいで、誰が、何で、困るんでしょうね。

JWが大好きな初期キリスト教はユダヤチックな会堂ではなく、個人の家で集まっていた。キリストも2人か3人でもわたしの名において集まれば、わたしもそこにいる、と教えている。彼らが寄付を集めたのは困窮する人のためで、大がかりな建設や、建てれば必要になるメンテナンス、そこに住む特権階級の生活や老後のためではない。


もう一度、ルターを引用します。

「キリスト者はあらゆる者の上に立つ主人であり、ありゆる者に仕える奴隷である、キリスト者は誰にも服することなく、誰にでも服する存在である」

彼の言う 「キリスト者の自由」 は、業ではなく信仰による義認なので、何かを 「する」 か 「しない」 かがどうでもいいってことはないのですが、そこには依存していません。

仏式の葬儀で焼香するクリスチャンもいます。それがその文化に根づいている、故人と遺族への礼節だからです。彼らにとってキリスト者の自由には 「土地のしきたりに従う自由」 も含まれます。

すべてのクリスチャンがそう 「する」 べきってこともないので、キリスト者の自由とは、最低限 「しない」 自由さえ担保されていれば何の支障もないと思いますが、担保されなくても文句は言わない覚悟で受容するのがキリストの磔ですよね。神を愛する自由は誰にでもあるが、その土地の法やしきたりで認められていないことを 「する」 ことでしか自分の神は愛せないと考えるなら、ロシア信者含めて自己責任ではないですか。いつからキリスト教は 「正当なる権利」 や 「法で保障される自由」 を陳情する惨めな宗教になったんでしょうか。


キリストは、律法のスピリットは規定やしきたりに従って何かを 「する」 ことではなく 「神と隣人を愛する」 ことに集約されると教えた。

JWorgのサイトやロゴの使用(今やクレカで寄付集めもできるサイト)

JW印刷物の出版や二次配布

JW建造物での結社集会や寄付集め


キリスト教系の欧米型社会では普通に認められてはいるが、それがどこに行っても正当な?権利としてあたりまえに主張できる世界だとは思わない方がいいし、聖書から読み取れるキリスト者の自由とは何の関係もないと思います。

信教の自由①

「する」自由と「しない」自由

法律上、はっきりした区別があるかどうかはよく分かりませんが、後者の方が広いと思います。日本で 「しない」 自由が認められていないのは 「税金を納めない自由」 くらいですかね。

言い方によっては 「赤信号を守らない自由」 も認められていませんが、こちらは赤信号を突っ切って横断する、という行動が伴うので 「する自由」 になると思います。


「する」 ことで裁かれるより、「しない」 ことで裁かれる方がより重いです。

これはJWにもあてはまるが、JWは「する」ことで裁かれる(排斥される)ものはいっぱいあるが、さすがの彼らも「しない」ことでは裁けない。

「開拓しない」「注解しない」「奉仕しない」「集会にこない」など、霊的レベルの低い人というレッテルは貼られるが、それだけで排斥の事由にはできない。


ロシアで制限されようとしているのも 「する自由」 の方だと思います。


「JW.orgロゴを掲げる、も協会関連法人所有の建造物で集まる」自由

「も協会の印刷物を発行し、配布する」自由


このあたりですかね。これが認められていないのは別にエホバの証人やロシアに限ったことではなく、中国もそうだし、イスラム教国は政教分離すらしていない。


言論(表現する)の自由や、信教の自由に含まれる結社(集まる)や宗教活動(布教する)などの 「する自由」 は無制限ではなく、社会の制約を受けるので、その制約の度合いが国によって違うのは仕方ないです。政教分離をスタンダードとするのはキリスト教欧米価値観で、JWが寄生していくらか増殖できたのもその文化圏です。

もしからしたら、第七世界強国が米英だ、みたいな解釈が気に入らないんじゃないですかね。最後の世界強国をロシアに変更して、アメリカ資本ばかりじゃなくロシア企業にも投資運用すれば気に入ってもらえるかもしれませんね。

やり方に違いはあっても権力者は自らと自らの国の権益を考えるのはあたりまえ、自分たちサイドの価値観を認めない国に陳情の手紙を書け、とはどこが中立なのか。自分たちの権益が第一なのはJWも同じで、自分たちの権益が絡まない陳情や署名活動には加わるなと指導して、それが 「中立」 だと思い込んでいるだけですよね。自分たちの権益が絡まない、少数者の権利のために署名する方が、まだ聖書の精神に近い気がする。


話を戻すと、「しない」自由を制限するなら話は別だと思います。


「ロシア正教会の礼拝に参加しない」自由

「プーチンの肖像に膝をついて拝まない」自由


こういう「しない」自由までが奪われて、JW含む他宗派他宗教の人たちが投獄されたり拷問にかけられたり、なら人権問題にもなるが、現状はJW関係者以外にはどうでもいいニュースです。

国際郵便テロで注目を浴びたいのかもしれないが、世間どころか、JWorgロゴや不動産ビジネスまがいのJW営業路線に嫌気がさして、関心がない現役さんも多いのでは。

手紙

久しぶりに気になる話題が。

ロシアに手紙を書くキャンペーンが発動したらしい。現役さん方のブログを見る限り、ここでも「醒める」と「燃える」の二極が生じているようです。


もはや何語でもいいから手紙を大量に送りつけろ、は直接には何の効果もないどころか、ただの迷惑行為でしかないが、自分が考える「効果」は2つあります。


① ロシアへの挑発

ラザフォードがヒトラーを挑発したのと同じやり方です。中立どころか、星条旗が掲げられている会場で大会を開きながら迫害を煽るかのようにヒトラーを名指しで非難する。今回もロシアを挑発して「現代の試練」を演出して注目を浴びたいのかな。「ナチスの迫害を耐えた」はいまだに宣伝ネタに使い回されるから、新たなネタ作りには格好の機会になるかもしれない。

相手にされないと思うけど。


② ロシア信者へのアピール

指示に思考停止で従うだけの平信者を使った郵便テロ(笑)は状況を悪化させかねず、ロシア信者を本当に気遣っているとはとても思えないが、ロシア信者向けには「状況は悪化しても世界のみんなが応援しています!」アピールにはなりますね。棄教しづらい空気の醸成。


過去のマラウィでも、一党支配の体制では党員カードを買うことは税金を払う意味くらいしかないのに、それさえ拒否するよう指示して迫害を演出したことをレイフランズが指摘している。

でもその時は、確かヘンシェル氏がマラウィ入りして拘留された話を読んだ覚えがありますが、今回は本部から指示を出して「プーチンに手紙を送りつけろ!支部や王国会館の住所は使うなよ?」と平信者にやらせるだけですからね。

まだレットかモリスがクレムリン広場で非難演説を強行して拘留されたら潔いが。

しないだろうな。

今やカネをかけたスタジオで寄付を懇願する、ただのテレビ伝道師ですからね。
プロフィール

GUABELLO

Author:GUABELLO
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR