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排斥者の席

前回書いたものみの塔の記事と同じ号に、排斥された人についての指示もありました。

「排斥された人が集会に出席する場合、その人が座る席を制限したり、どの席に座るかを問題にしたりする必要はない」というものです。

この記事はおもにクリスチャンの親が排斥された子どもと一緒に座ることについて書かれたものですが、「排斥者は会館の後ろに座らなければならないという規則はない」「排斥者が家族や他の信者の隣に座ることを制限すべきでない」という「指示」は一般的な排斥者のケースにも適用されるようです。

しかし日本では、排斥された人が集会に来るようになると、大抵、座る席が指定されます。誰も話しかけるどころか、あいさつもできないので、一番後ろの端っこの席に座るよう指示されることが多い。他の信者には「ここは排斥者が来るから空けておくように」と言います。そうすれば、人目につかずに、集会ギリギリに来て、終了直後に帰れるからです。

排斥された人は罪を犯したのが何年、何十年前だろうと、エホ証になりたい(復帰したい)と思えば、この、最低でも数ヶ月間、全員に無視されながら集会に出続ける、という懲罰に耐えなければならない。これが「エホバの取り決め」です。

エホ証は「エホバは愛情深い父親ですよ」と言うとき、イエスの「放とう息子」のたとえ話を使う。そのたとえでは、父親は放とう息子が悔い改めて家に戻ってくる姿をはるか遠くにみたその瞬間に、自ら駆け寄って息子を抱きしめて泣いた、とあります。

しかし彼らは、悔い改めた人が何年もたって王国会館に来ても、全員無視です。それが数ヶ月間続きます。イエスのたとえ話で言えば、その父親が「お前には家の者全員に無視されながら半年間働いてもらう。お前が本当に悔い改めたかどうか確かめるためだ」と言うのに似ています。これが「愛情深いエホバの取り決め」と主張するのですから、天の父に対する許しがたい侮辱です。

確かに神は人の心を知ることできます。しかし、ここでイエスは他の人に憐れみ深く接するべき、という教訓を「普通の人間の父親」を用いたたとえ話でお与えになりました。

前にも書きましたが、パウロが「その人を除き去りなさい」という命令を与えたのは、ある会衆で「罪を公然と習わしにする邪悪な者」がいたからです。では、犯した罪をとうの昔にやめていて、悔い改めようと願い集会に来る人は、全員で無視しなければならない邪悪な者なのでしょうか。

エホ証側の反論は、罪を犯しても「悔い改めた」と言いさえすればすぐに復帰できるようでは悪行の抑止にはならず、「会衆を霊的に保護する」ことにはならない、というものです。

・・そんなに道徳レベルが低い人間が多いんですか?

今回の「排斥者の席を制限してはならない」という指示の理由は「そうするなら様々な問題が生じかねない」と書かれています。排斥問題の裁判では今のところエホ証が敗訴した事例は知りませんが、児童虐待関連の裁判で敗訴し、多額の費用が必要になっている現状を踏まえ、この問題でも多少排斥者に配慮する姿勢を見せているのでしょうか。席がどうこういうよりも、全員が無視し続ける方針を変えない限り、根本的な解決にはならないでしょう。
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席について

初コメです。

私は排斥されてまる4年経ちます。
今回の記事は
「ええぇっ!いまさらぁ…」
という気持ちで読みました。
しかしながら、一番後ろの席は排斥されている者にとっては愛ある取り決めだと思っています。毎回、一番後ろから集会時の成員の霊性が観察できるのですよ。
「会衆がこんな状態で復帰してなんになろう?」
とさえ感じます。考える糧を与えられていますよ。

jw.org で英文の同じ記事を見ましたら、参照資料に1953年4月1日号も挙げられていますね。このような古い資料は国によっては入手できませんから、「どうせなら引用してくれたら助かるのになぁ」と思いました。

ではでは。
クリスチャン愛とともに。

Re: 席について

現状の「他の信者との接触禁止」が大前提なので、一番後ろの席を確保するのはその人が出席しやすいようにする配慮なのだと思います。でも、それって本当の親切なのかギモンです。

根本的なやり方を変えずに、「家族の隣でも兄弟姉妹の隣でも、どこでも好きなところに座っていい」という今回の記事を出しても、少なくとも日本では、一番後ろに座らざるを得ない状況は変わらないと思います。

自分も形の上では一応現役ですが、仮に自分の会衆だとしても「是非戻ってきてください」とはとても言えないのが実情です。

No title

3年前にほかの姉妹たち2人と排斥になりました。傲慢な長老と巡回監督に不当に追い出されました。悪徳長老を聖書に従い訴えたからです。   審理委員会では訴状を〔何でこんなことを書いたのか、これも書いて、これもこれも、、」と叩きつけ怖い顔でおどされました。     それでも復帰しなければといつも行っていましたが席はいちばん後ろでその前には長老が2人遮るように座っていました,会衆の雰囲気をよ く見ることができていましたが〔もう来るな、〕と言わんばかりに長老が演壇から睨むのです.       また私たちと手を組んだとして排斥にされた元調整者の長老が何回も復帰願いを書かれたけど、正しいことが通らないのがこの組織です。  こんな組織に何年も仕えてきたのが全く無駄であったと気づき行かなくなってせいせいしています。   ほかの人たちも早く偽物だと目をさましてほしいとねがっています。

Re: No title

残念ながら、この組織では序列が下位に位置する信者が間違いを指摘すると「背教」になります。そんな「神権秩序」が支配する「楽園」、想像するだけで寒気が走ります。

ゆうこさんの経験は組織の体質が変わっていないことを教えてくれます。実際に声を上げる信者を切り捨て、他の信者には情報を一切「内密」にし、とにかく完全忌避させる手法には長けています。この組織の被害者を少しでも減らすには、このようにネットで声を上げるしかないのかもしれません。

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