神にいらだつ?

新しいものみの塔に「神に向かって激怒してはならない」という記事がありました。

相変わらず、すぐに内容を予想できてしまうタイトルですが。

なんか毎度似たような内容になってしまうので、もう書くのもどうかと思うのですが、統治体も同じような言い回しを使って、同じような記事を出すので、一方的な根比べみたいになってきました。「霊的食物」ですから、同じものでも定期的に取り入れないといけませんね。

・・で、やっぱり書きます。

「自己中心的になり、早く終わりがこないことで、『エホバ・・に向かって激怒する』ことがありますか。エホバの日は近いと何十年も宣べ伝えてきた皆さん、伝道活動を続けてきたことで他の人から批判されるとき、エホバに対していらだつことがありますか」


・・その人たちは終末に関して何度もコロコロ解釈を変え、しかもそれが見事に外れながら一向に誠実な反省の態度を見せないエホ証統治体にいらだっているのだ、と思うのですが。

すみません、統治体に対していらだつのは、神に対していらだつのと同じことでした☆

自らを神がかった存在に仕立てあげてしまうと、過ちを認め、真摯に反省することができなくなってしまう・・文字通り何十年も、人生をかけて統治体の解釈を宣伝してきた信者の方が「自己中心的」と反省を促されるのですから・・

そもそも批判されているのは、ただ伝道活動を続けてきた一般信者よりも、明確な「タイムリミット」を想定できてしまう非聖書的な期限を設定してそれを宣伝するよう命令しながら、それが外れる度に都合よく変更してきた、指導部である統治体ではないですか?こういう都合の悪い時は、統治体は姿をくらまし、一般信者が「実行犯」として批判されるかのように書くのも常套手段です。

「期待しただけだ」というなら、会議室で好きなだけ期待でも妄想でもしてください。こういう文章を、非信者を説得するどころか、信者に対して繰り返し書かなくてはならない時点で、「終末論宗教」としては末期的な状況にさしかかりつつあるのではないかと感じます。

以下、追記です。

予言した通りに事が起きないからといっていらだってはならない、という例として、今回は旧約聖書の預言者ヨナを取り上げているのですが・・

それ、適用が完全に間違っていると思います。

ヨナの予言を聞いてニネベの全市が悔い改めたので、神は予言させたことを撤回して裁きを下しませんでした。この事例を適用するなら、世界70億人全員を改宗させてからにしましょう。エホ証の予言が外れてきたのは、ただの誤った聖書解釈によるものです。世界人口の0.1%を勧誘した程度で「ヨナのようにはなるな」と言われても困ります。
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