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エホ証はカルトか②

エホ証のすべてがカルトだと言うつもりはありませんが、前回取り上げたカルト的な要素にあてはまるのではないか、という部分をものみの塔風にあげてみました。

① 生きた人間に従う。
②その人間は神に選ばれたと主張してはばからない。


エホ証の主張 ⇒自分たちは神とイエスに従う。

事実は何を示しているか ⇒イエスに選ばれたと主張してはばからない少数の人間から成る「統治体」を神の唯一の経路とすることで、人間に従うことと神に従うことを同列に置いている。このブログで指摘しているように、排斥は神の取り決め」「エホバが書いてくださった」「神が言われた通りになどの表現をサブリミナルに用いて巧妙にそのことを行う。

② その自称指導者とその教えに対する献身が極端で排他的。

エホ証の主張 ⇒自分たちに人間の指導者はいない。信者間の階級もない。

事実は何を示しているか ⇒「統治体」という自称指導者の教え・指示を神のそれと同一視しているので、それに異議を唱えれば「神に対する反逆=背教」で一方的に排除される。1世紀のクリスチャン、また使徒でさえ、互いの間違いを率直に指摘し、意見の違いをイーブンにぶつけ合うこともあったが、エホ証内では一般信徒⇒長老⇒巡回監督⇒支部⇒統治体という絶対的タテ社会の中で序列が下位に位置する信者が間違いを指摘すると、「組織の権威に反抗した」ことが「背教」とみなされる。

③ 考え方や慣行が急進的で、正常な社会行動に反している。

エホ証の主張 ⇒(これからエホ証になる人もいるので、あくまで現時点での)自分たちだけが救われるとは言っていない。排斥されても「家族の絆」は変わらない。

事実は何を示しているか ⇒「ハルマゲドン」までのタイムリミットを何度も先延ばしにしながら、今でも終末の恐怖を煽るような表紙の雑誌を配り、この組織に入信しない人間すべては滅びる、という過激な主張をしてはばからない。

⇒ 緊急時の救命措置としての輸血さえ拒否するよう教え、輸血した信者を忌避する。

⇒ 組織が排斥した信者は、集団で、家族でも同居していなければ忌避するよう命令する。

④ (信者でない)友人や家族から孤立する。

エホ証の主張 ⇒自分たちは人との関わりを避けることはせず、むしろ(布教という手段によって)人を助けようとしている。

事実は何を示しているか ⇒エホ証は物理的に孤立しなくても、社会的に孤立することは多い。非信者との布教目的以外での接触を最低限にするので職場や学校で変わり者扱いされるか、孤立する。家族との関わりを犠牲にしてでも、統治体が決めた日数の集会、大会すべてに出席することが「神の命令」なので、よほど「協力的な」家族に恵まれないと、家族・親族内で孤立する。

⑤ 説得や支配の仕方が巧妙で、ごまかしの手段も用いる。

エホ証の主張 ⇒自分たちは「すべてのことにおいて正直」である。

事実は何を示しているか ⇒エホ証に有給の聖職者はいない」「排斥されても家族の絆は変わらないなど、「有給」→「払戻金」、「聖職者」→「特別全時間奉仕者」、「忌避する」→「絆は変わらない」などの置き換えを巧妙に使い、事実とは全く異なる印象を与えて巧妙にごまかす。

1914年は「ハルマゲドン」が起きると宣伝していたのに、いつの間にか、「歴史の転換点」とか「大きな変化が生じる年」などの言葉に巧妙にすり替え、第一次世界大戦によって自分たちの解釈が当たったかのような話に変えてしまう。

まとめ:こうまで書いていうものなんですが、この記事はエホ証がカルトだと、決めつけることが目的ではありません。ただ、エホ証がカルトだという人は少なくありませんが、なぜそう思われるのか、「エホ証がカルトだと思う理由」としてよく指摘される点をまとめてみたものです。

何もエホ証が悪いところだらけだ、というつもりはありませんが、「カルト」であるとの印象を与えたくないのであれば、上のような組織のあり方や教義を改善する必要があるんじゃないですか?という一個人の客観的な感想です。
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