「これを行ない続けなさい」

今年もやって来ましたエホ証記念式。

出席者のだれもがパンにもぶどう酒にも手をつけない、異様な儀式。

なぜだれもパンに手をつけないかというと、以前に書きましたが、「油そそがれた信者」と「その他大勢群衆」という彼らの聖書解釈に基づく信者の2階級制度のためです。

それで「記念式」といっても、なぜ出席者が「パンに手をつける」というおいたをしてはいけないのか、その2階級制度の説明が話の大半を占める。つまりものみの塔解釈発表会です。

イエスは「わたしの記念として、これを行ない続けなさい」と言われた。何を「行なう」のだろうか。ユダヤ人が行なっていた無酵母パンの祭りを、これからはイエスの記念として行なうのだ。

『イエスはパンを取り,祝とうを述べてからそれを割き,弟子たちに与えて,こう言われた。「取って,食べなさい。これはわたしの体を表わしています」。 また,杯を取り,感謝をささげてからそれを彼らに与え,こう言われた。「あなた方はみな,それから飲みなさい」


でも、彼らは断固として食べない。

エホ証は学校の卒業式に出席はしても、国家・校歌は歌わない。仏式の葬儀に居合わせることはあっても、焼香は断固としてしない。

皮肉にも、それと同じことを自分たちの記念式でしている訳ですね。出席はしても、イエスが与えてくださったパンとぶどう酒に手をつけない。つまり、あまりにも直接で、明快な、聖書そのものに書かれている命令に従うことを断固として拒む一方で、統治体のよく分からない、よく「調整」される解釈への絶対的信仰を表明する行事です。

「我々こそ真のクリスチャン」と自称する一派の信者が、パンにもぶどう酒にも手をつけない・・想像を絶する苦痛と逆境の中で自分の体と血を捧げる直前に、「わたしの記念としてこれを行ない続けなさい」と言われたイエスはどうご覧になっているのでしょうか。
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深夜のTVショッピング、欲を抜いてみてると楽しめます。
コラーゲンなどは体内で合成できるもの、補給してもしょうがないんだけど…とか、ツッコミどころ満載でも儲かってしょうが無いだろうね。
さて、組織はなぜ地上にこだわる?
天国・神の国の門は閉ざされたことがないというのに。
神は自分の国を持っていて、暖かく迎えてくれるというのに。
この地上を支配しているというのは誰かな?
神は信頼を糧とするのか、苦しみ・争い・不和を糧とするのは誰だ?
その活動で巻き起こすのは愛か?それとも苦しみ・争い・不和?
聖句はその時々の人にもたらされた記録にすぎない、その時代に合わせたもので時代が移れば当てはまらない。
しかし、それぞれに真理を含むとすれば信頼を深めるには自分にあった一語を胸に一人で進めば良い。
あれこれ聖句を弄び牽強付会で地上に結び付けようとする者はまちがいなくサタン!
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