やはり「宣伝は背教」だった

ものみの塔2013年1月号の「エホバの証人は終わりが来る年に関して、間違ったことを述べてきたか」という記事についてはすでに書きましたが、そこで書ききれなかった点について。

冒頭で、エホ証が何度か間違った予想をしたことを認めてはいるが、「でも1世紀のイエスの弟子たちも間違った期待してたし」といういつものお決まりの言い訳から始まる。その根拠として3つの聖句をあげている。

ルカ19:11と使徒1:6。これはこのブログの「期待と宣伝は違う」という記事で書いたように、彼らは間違った「期待はした」が、それを宣伝し、宣伝し、宣伝するよう命令してはいない。

オモシロいのは3つ目テサロニケ第二2:1,2

エホバの日が来ているという趣旨の霊感の表現や口伝えの音信によって,またわたしたちから出たかのような手紙によって,すぐに動揺して理性を失ったり,興奮したりすることのないようにしてください」

この3つ目ではただの「期待」ではなく、「音信や手紙」によって「宣伝」されている。

この聖句に触れた意図は何か?

この聖句は人を「動揺させ、理性を失わせ、興奮させ」てきたエホ証統治体の度重なる先走った解釈を「手紙や音信」で宣伝することが思いっきり背教的行為であることを暴露するものですが、これがまさか自分たちにがっっつり当てはまる、とは思わないのでしょう。「警告し続ければ、誤報があっても許される」なんて言い訳は統治体が自分たちで引用したこの聖句が戒めている。

神の経路と称し先走った解釈を宣伝し、その解釈に同意しない人間を罪に定めておいて、後で調整する。

「『わたしは憐れみを望み,犠牲を望まない』ということの意味を理解していたなら,あなた方は罪科のない者たちを罪に定めたりはしなかったでしょう」
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ハジメマシテ へへ

こんばんわ~

今夜も眠れましぇ~ん

元エホ症で~す!!

いや~、1914年からはや99年ですね~。

来年は100年っすよ~。

エホ症ども、まだ待ってるんすかね~。

何考えてるんすかね~。

何も考えていないかもすね~。

こっちは人生メルトダウンですわ。

はっはっはっは~

Re: ハジメマシテ へへ

「組織に忠実」なエホ証はいつまでも待ち続けるでしょう。犬のように「待て」をされるよう教化されてますから。待っているのは「統治体の指示」で、肝心の神を待たずに先走った解釈を宣伝しちゃうところが背教ですが。

1975年だの1914年から1世代だの2世代だのいい加減な解釈で人の家族や人生をかき乱して、外れたら「調整」することがいかに罪深いことか全く分かってませんね。

終末までのタイムリミットや布教時間ごとの「階級」を設定しないと信者が布教しなくなるからでしょう。エホ証の「熱心さ」なんて所詮その程度のもので、虚栄心とハルマゲドンを生き残りたいがための自分中心で上っ面のものです。ドアを叩かれる方は迷惑この上ないですね。
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