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信教の自由②

「JW.orgロゴを掲げる、も協会関連法人所有の建造物で集まる」自由

「も協会の印刷物を発行し、配布する」自由


この世に 「真の」 キリスト教など存在するのかどうかは知らないが、キリスト教とはこんなちっぽけな自由に依存するものなのか。

こんな程度の自由がないくらいで、誰が、何で、困るんでしょうね。

JWが大好きな初期キリスト教はユダヤチックな会堂ではなく、個人の家で集まっていた。キリストも2人か3人でもわたしの名において集まれば、わたしもそこにいる、と教えている。彼らが寄付を集めたのは困窮する人のためで、大がかりな建設や、建てれば必要になるメンテナンス、そこに住む特権階級の生活や老後のためではない。


もう一度、ルターを引用します。

「キリスト者はあらゆる者の上に立つ主人であり、ありゆる者に仕える奴隷である、キリスト者は誰にも服することなく、誰にでも服する存在である」

彼の言う 「キリスト者の自由」 は、業ではなく信仰による義認なので、何かを 「する」 か 「しない」 かがどうでもいいってことはないのですが、そこには依存していません。

仏式の葬儀で焼香するクリスチャンもいます。それがその文化に根づいている、故人と遺族への礼節だからです。彼らにとってキリスト者の自由には 「土地のしきたりに従う自由」 も含まれます。

すべてのクリスチャンがそう 「する」 べきってこともないので、キリスト者の自由とは、最低限 「しない」 自由さえ担保されていれば何の支障もないと思いますが、担保されなくても文句は言わない覚悟で受容するのがキリストの磔ですよね。神を愛する自由は誰にでもあるが、その土地の法やしきたりで認められていないことを 「する」 ことでしか自分の神は愛せないと考えるなら、ロシア信者含めて自己責任ではないですか。いつからキリスト教は 「正当なる権利」 や 「法で保障される自由」 を陳情する惨めな宗教になったんでしょうか。


キリストは、律法のスピリットは規定やしきたりに従って何かを 「する」 ことではなく 「神と隣人を愛する」 ことに集約されると教えた。

JWorgのサイトやロゴの使用(今やクレカで寄付集めもできるサイト)

JW印刷物の出版や二次配布

JW建造物での結社集会や寄付集め


キリスト教系の欧米型社会では普通に認められてはいるが、それがどこに行っても正当な?権利としてあたりまえに主張できる世界だとは思わない方がいいし、聖書から読み取れるキリスト者の自由とは何の関係もないと思います。
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エホバの証人

エホバの証人がロシアで禁止されたというニュースを見たけれど、エホバの証人って海外でも警戒されるほど人気があるなんて驚きです香菜子

Re: エホバの証人

海外でも、というより、アメリカ発祥のキリスト教原理系団体ですし、もともとキリスト教がマイナー宗教の日本で、しかも以前ほどの勢いはなくなっていますから、いろんな意味で海外での方が認知度は高い宗教ですよ。
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