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諸行無常

といっても「行い」に対する直接の報いを期待したり、期待させたりすることが絶対に間違っている、とも言い切れません。何かを絶対視するなら、二元論のループに取り込まれます。

すると、絶対視は「絶対によくない」のかな。

それも、無限ループに取り込まれます。

難しいですね。

話を戻すと、功徳に対するアンチテーゼが無功徳です。

「信仰」か「業」か。

そのバランスを取ろうとしたのがルターの信仰義認です。

キリストは「神」か「人」か。創造か被造か。

その底知れぬ溝が生む二極を和解させる、神性と人性のヒュポスタシス結合。

という定式でバランスを取ったのが三位一体で、カルケドン信条で確立した。

しかしバランス(調和)を生むはずのものが、やがて絶対視され、再び対立を生む。

その繰り返しで、これからも続いてゆくでしょう。

男と女の記事で書いた相補性とは、量子現象から生まれた言葉で、0か1かを決定できない不確定性が、どうやら否定できない(この)宇宙の真理のようです。

ということで、歴史の事実が示すように善悪の白黒決着はありません。

願望としては聖書にも表現されていますが。

二極の狭間で相克しながら、反発し合い、時に混ざり合い、変容してゆく。


JWも、絶対視された教会権威や伝統教義を否定したはずが、自分たちの組織とそのささいな業績、そしてお粗末な解釈への賛美と絶対視を要求するようになる。

ゴミ拾いのボランティアを末端信者にさせて、それすら自賛するネタにしてしまう。


諸行無常の響きあり

おごれる宗教団体も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし


真理ですね。
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