地の人①

パウロの原罪解釈のおかげで悪者扱い、さらに宇宙主権どうたら、というWT解釈オリジナルブレンドで旧約を読むと、もう最低最悪、クズ人間扱いの「地の人」アダムさんです。

一方ユダヤ教では、カミなるものに主権があるとして、その正当性が問われている、なんて発想自体がおこがましいのです。旧約を著し、重んじてきた当のユダヤ人は神義論になど興味がないのに、そのユダヤ人の神観さえ把握しきれない現代人が聖書という狭い枠内で神義論をこねくりまわして何になるのか。

ファーストヒューマンという超重要なキャラクターのはずが、モーセ以降の旧約正典では、実を食ったことも含め、全くと言っていいほど触れられていない。まさに禁じられた実のごとく 「そこは触っちゃいけない話」 という暗黙の了解でもあるかのようです。

つまり設定通り、絶対神が 「食べるな」 と無条件に(理由を伴わずに)禁じた実なら、その実は何なのか、なぜだめなんだ、を問うこと自体が、すでに精神を穢すことになります。

「心の中で女を情欲を抱いて見た者は、すでにその女と姦淫を為したのだ」 (イエス)

この実について言えば、なぜなんだ、何なんだ、という領域に立ち入ろうとする時点で、もうその実に触れたのと同じです。知りたい、が自然な欲求なら、性欲もごく自然な欲求です。神学として表現すれば、ヒトはその限度をわきまえよ、その暗喩話とも取れます。


自然科学では 「知りたい」 という欲求に聖域はありません。

創造論者は「分からない」から、その時点で分かっている以上のことは「存在可能な最大の存在者」であるカミによるものだ、と思考停止します。「分からない」からカミを持ち出しているのに、「分からない」とカミを信じることができない、という宗教信条は自己矛盾でしかない。

宗教は「カミのみぞ知る」領域を自ら作っている訳ですから。

今さら「分からない」「納得できない」で信仰が揺らぐなら、宗教いらないです。

「分かった」「これが正しい理解だ」と手前味噌解釈を賛美するカルト宗教には要注意。
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