同調圧力

ある映画で見ましたが、ユダヤ人の危機管理方法に 「10人目の男」 というシステムがあるそうです。情報分析の会議とかで、9人が全く同じ意見で一致するなら、10人目は強制的にそれと違う意見を考えなければならない、というシステムです。

9人が9人同じ意見を言うなら、逆に固定観念や同調圧力に影響されているのではないか?実は重要な視点を見落としているのではないか?と疑ってかかる訳です。

この映画以外のソースから裏を取ってはいないので事実かどうかはよく分かりませんが、トーラーには49通りの解釈がある、というユダヤ人らしい発想と思います。

これはユダヤ人の教育方法にも通じるものがあり、ユダヤ人の子どもは一つの答えで満足するのではなく、10通りくらいの答え(考え方)が思いつくまで考えなさい、と教えられるそうです。

聖書とは、まさにそのような本です。「善悪を知る木」や「イサク殺し令」など、時代や文化によって様々な読み方がされてきました。答えはいつも 「一つ」 ではありません。


そのような思考は格言的な表現としても使われています。

「わたしにとって不思議にたえないことが三つある、いや、四つあって、わたしには悟ることができない。すなわち空を飛ぶはげたかの道、岩の上を這うへびの道、海をはしる舟の道、男の女にあう道がそれである」

もちろん、四つだけじゃなく考えればもっとあるでしょう。

「主の憎まれるものが六つある、否、その心に、忌みきらわれるものが七つある」

六つ思いついたら、七つ目があると思え、ということです。


以前に、JW若者を不思議に思う良識ある教師のことを書きました。10人が10人同じことしか言わないからです。JW量産期に毎年のようにやって来る2世たちが、異口同音に、イザヤ2章の「戦いを学ばない」というお決まりの聖句をひっさげ、それが学校教育の柔道の授業にも適用されると解釈する・・

一致というか、逆に薄気味悪いんです。

そして「親に言われたからでも、宗教で禁じられているからでもなく、自分で聖書を読んで決めました」と、これもまたお決まりのように言う。

もう一度言います。


んなわけねーだろが


固定観念と同調圧力が支配するJW、統治体会議ではレイ・フランズのような「10人目の男」を排除する、危機管理意識が弱っちい、対応が後手後手で甘すぎる、のも仕方ないですね。

WT解釈を 「唯一の答え」 だと思考停止する教育を受けるJW。自由な思考は許されない。

聖書解釈にも奥深くて豊かな世界が広がっているのにね。
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