漁業と布教

前に書いたかどうだか忘れましたが、イエスの真意はさておき、具体的な手法として布教を漁業に置き換えるWT適用は前から好きではありません。


魚が獲れる時間帯 = 人に会える時間帯

効果的なエサ = 人が食いつく話題


こんな感じで、人を「魚」くらいにしか思わないんですね。

本当に相手の立場で考えようとする姿勢が皆無。

そんな良心的な姿勢を身に着けたら、JWなんかやってられませんけどね。

忌避される立場になってみようとか、反対する家族の気持ちも考えてみようとか。

だから彼らは「自分たちの勧誘が効果的かどうか」という観点でしか考えない。

イエス様も、そんな適用をされるとはびっくりでしょう。

あと漁獲のように、数字で測るとか。


ある水族館の人が、大量のイワシが泳ぐ水槽になぜサメを入れるのか、という質問に「その方がイワシが危険を察知して群れて泳ぐ様が美しいから」と答えていました。

イエスの譬えに出てくる漁網をJW組織オンリーと解釈するWT協会も、信者を魚群くらいに思っている。「さたん」や「はいきょうしゃ」というサメを記事に放り込んでしつこく意識させることで、イワシのようになんとか一つの塊のまま泳がせようとしているのでしょう。


サメにはきちんとエサをあげればイワシを食べることはないそうですが、目の前に来たはずみでぱくっと食べちゃうことがたまにあるそうです。

そのイワシがかわいそうじゃないか!残酷だ!と抗議する人はいないでしょう。

イワシですから。

「ふさわしくない」魚を網から放り投げるように、WT協会も「ふさわしい」基準にかなっているかどうかにしか関心がなく、2、3匹の雑魚に情はかけない。

ジャラズ氏の名言いわく、そこに「かわいそう」という意識がないわけではないらしいが、観賞用(宣伝用)のイワシの魚群が乱れずに泳ぐことが何よりも重要なのです。


漁や草木の水やりやら牧羊だの、人を魚や動植物くらいにしか考えない布教や団体運営は、もういい加減やめた方がいいですよ。

そういう譬えは、勧誘布教や信者統制のテクニックを教える意図で語られてはいませんから。
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