忌避対象

信者統制強化の一環なのか、統治体は「エホバの証人ではなくなった人」と「エホバの証人をやめた人」という、とても分かりづらい2つのグループを定義づけたようです。


エホバの証人ではなくなった人・・集会や奉仕に来なくなった人(忌避せず)

エホバの証人をやめた人・・エホバの証人をやめる意思を言動で示す人(忌避対象)


集会や奉仕をやめる、だけではエホバの証人をやめるとの意思表示とはみなしてくれないようです。この巧妙な区別は「エホバの証人ではなくなった人」を忌避していない、と対外的に主張するダブルスタンダード以外に目的が見当たりません。

でも信者向けには、15分でも奉仕報告出すのをやめたら「終わりまで耐え忍ぶ」ことにはならない(救われない)と、組織の神が任命したモリスは公に明言した。つまり戒律違反者かどうかは彼ら(統治体)の神には関係ない、布教と集会やめたら戒律違反者もろともハルマゲドンで殺す神、ということです。

JW布教集会への参加も「神の命令」だ、当人の命もかかっている、というならそれを怠る者は「キリストの教えにとどまらない者」と解釈することも余裕ですよね、も塔さん。

集会奉仕をやめた人間もエホバ様に倣って忌避したらいいのに。


彼らが一律に弱さゆえの援助対象(それもどうかと思うが)なら、理由はどうあれ戒律違反を犯した人は援助対象ではないのかな。「弱さ」か「弱さでない(やめる意思あり)」か、表向きの言葉にするかどうかで忌避対象を決めよ、というのが聖書の教えらしい。

援助と言いながら、個々の人には全く関心がない。

彼らの援助とは、組織のルール通りに扱ってあげること。

排斥も愛ある援助で、年に1回、排斥者を訪問するルールもエホバ様の寛大な憐みです。

ルールがすべて、そのルールとやらも、いよいよ支離滅裂になってきた。


勝手に神を代弁して家族関係を弄ぶのはやめましょう。あらゆる家族が負うのは宗教団体の名称や評判ではなく、神ご自身の名です。その恐れはないのでしょうか。
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