中立神話

ノーベル平和賞を受賞したデズモンド・ツツ氏は、政治に中立はないと語った。

彼はキリストへの信心の内に、南アのアパルトヘイト廃止に尽力した。

中立を装う者は強者の見方である、これには一理あると思います。

投票率が下がることで利があるのは、日本で言えば自民党です。

他に選択肢がない、関心がない、という人は投票に行かない。
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投票に行かない人も、現体制への消極的な支持をきっちり「選択」しています。

国民として登記され、選挙権を持っている時点で、中立なんてあるんでしょうか。

一党独裁時代のマラウィで登録程度の意味合いしかないカードの購入を拒否させたように、本当に中立なら、登記を拒否し、道路やインフラなど、税金を使わない山里か無人島を買い取り、自給自足で暮らす原始共同体を作り、そこから荒布を身に纏ってこの世の滅亡を訴える伝道に降りてくればよい。

恩恵だけはしっかり受けながら、中立とかね。しかも中立と思い込んでいるだけなのか。


先週のも塔より。

『例えば、圧政に苦しむ人々が政権を排除する運動を始めるとしましょう。神の民もその政権のもとで苦しんできました。そのような場合、抗議活動に参加しないとして、心のどこかで同調してしまうでしょうか』

抗議活動にまで参加するかどうかは別として、民主的な方法が採られている国で、圧政で人々を苦しめる政権を排除するために、署名や投票に参加することの何がいけないのでしょうか。

署名や投票を拒否するのは、既存政権への消極的な支持です。

キリスト教にも、聖書を支配階級の道具として使ってきた過去の歴史はあります。

耐えろ、神を待て、何に使われようが税を払え、その従順は天国で報われるとね。

マルコス夫妻が横暴と贅の限りを尽くす政権下でもそう教えられるんだから、「この組織が全能神の直営代理店(腐ってもトーチ鯛)」という前提がある限り、寄付が児童虐待裁判費にタレ流されようが、統治体の飛行機代やウォーウィック宮殿に使われようが、大したことじゃない。


話を戻すと、日本の職場では、宗教と政治の話はNGという風潮があります。

だから政治の話はクリスチャンの関係にも持ち込まなければ済む話です。

どこに投票したかをいちいち報告、議論する必要もない訳で。

民主国家の国民でありながら、投票や署名に参加する、それは一致を脅かす分裂だ!キリスト教信仰への背信だ!という根拠はよく分かりません。脆い一致ですね。だから必死なのか。

圧政に苦しむ人が目の前にいても、できることさえせずに、「エホバを待つ」のです。

『あなたの手に善をなす力があるなら、これをなすべき人になすことを差し控えてはならない』
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