謝罪と許し

「たとえその人があなたに対して一日に七回罪をおかし、『わたしは悔い改めます』と言ってあなたのもとに七回戻って来たとしても、あなたはその人を許してあげなければなりません」

ルカでは「わたしは悔い改めます」と言って戻ってくる、というくだりが入っています。

聖書は許すことを教えていますが、謝罪することも教えています。

WTの教えは「とにかく一方的に許せ」に偏っています。

まあ、謝らない相手でも許すのもいいかもしれませんが、何かの実害が生じた時に当然の償いをするという意味での「悔い改め」を要求するのも悪いことではないと思います。

その償いをして初めて、その人は「許しを請う」というスタート地点に立てるでしょう。

例えば、その人が無謀な車の運転をする傾向があるなら今後の抑止になります。

妄想偽預言解釈癖を繰り返す傾向があるオオカミ少年団体はもう変わらないでしょうが、そこに属する個々の人の良識に、無責任な宣伝をやめるよう働きかけることにもなります。


これは一般論ですが、「人の不完全さを許す」のと「当然の償いや謝罪を請求する」のは、次元が違う話のような気がします。それをごっちゃにしてポジティブやネガティブという精神論で片づけていいのかなという。

ちなみに、聖書の神も謝らない(悔い改めない)と殺す神ですよね。
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No title

そうなんです。
だから、JWは厚かましい人々がのさばり続け、
良識のある人たちが我慢を強いられる、
実に妙な人間社会が形成されているのでしょうね。

すべて、つじつまがあう 

じつにおもしろい

え?
サタンの攻撃のせいだって?

なるほど、その一言でもつじつまが合ってしまう。(*_*)

Re: No title

> スナフキンさん

上は下の欠点をつぶさに評価し自らは謝らない
下は上の欠点を無条件で許し見過ごす

どこでもあたりまえっちゃあたりまえなんですが
宗教が絡んだ序列は強烈ですね。

歪んだ人格と対人関係が形成されてゆきます。
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