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事実証明

2011年鑑からの引用です。

『しかし時には、定評ある筋から来たと思える情報でも、詳細な点の十分な裏づけが得られない場合があります。例を挙げましょう。ガンジーがアーシュラマ(僧院)の中でアーウィン卿に語ったとされる、次の言葉がこれまで引用されてきました。「あなたの国とわたしの国が、この山上の垂訓の中でキリストが述べた教えについて意見の一致を見るならば、わたしたちの二国の問題のみならず全世界の問題をも解決することになるでしょう」。ところが、この陳述について詳しく調査した結果、アーウィン卿がガンジーの僧院を訪ねたという裏づけは得られませんでした。そのため、ガンジーがいつ、どこでこの言葉を語ったのか、またそもそもガンジーの言葉なのかという疑問が生じました。その結果、わたしたちの出版物では、この引用文は用いなくなりました。

アイザック・ニュートン卿と太陽系の模型についての話も、お読みになったことがあるかもしれません。その話によれば、ニュートンのもとを訪れた無神論者は模型を見て「だれが作ったのかね」と尋ねました。ニュートンが、「だれが作ったのでもない」と答えると、無神論者は、「君はきっと、わたしのことをばか者だと考えているのだろう」と言いました。するとニュートンは、この単なる模型は、はるかに壮大な太陽系に設計者や製作者がいたに違いないことの証明になる、とその無神論者に語ったとされています。この記述は心を動かすものではありますが、そのやり取りが実際にあったことを証明する歴史資料はなく、ニュートンについて研究する学者や伝記作家も裏づけとなるものを提示していません。興味深いことに、このやり取りに触れた最も古い資料は1800年代初めのものであり、ニュートンではなく、ドイツの学者アタナシウス・キルヒャーの名を挙げています。そのため、執筆部門はもはやこの記述を出版物では用いていません』

ガンジーがアーウィン卿にそれこれ語った、という伝承はものみの塔だけでなく、何人ものキリスト教関係者が触れています。JWも何人挟もうが盛りに盛られた経験談は大好きです。


そのような伝承(言い伝え)が存在する

複数の人がその伝承を事実として受け取り、かなりの期間に渡って連鎖的に言及してきた



↑という「真実」だけでは「事実の証明」にならない、とWTも認めるようになりました。

聖書にまつわる伝承にもこれくらい慎重で理性的な見方を示せばいいのにね。

も塔は、ダニエル書や「キュロス」を名指しする第二イザヤ書が仮に事後預言だったとしても、メシア予言は事後にはなりえないでしょ、と主張します。

でも「イエスが西暦29年に受洗してはとみたいな聖霊が下った」「イエスが銀貨30枚で裏切られた」などの福音書伝承も、それが実際にあったことを証明する歴史資料は存在しません。

聖書の予言が聖書の中で成就(内部で自己完結)しているという、裏付けできない伝承です。

もちろん、それが聖書の価値を下げることにはなりません。

反証もできませんが、「聖書に書いてあるから」事前予言だ、という根拠のない怪しげな演繹的主張の方が、ここ日本では人を聖書やキリスト教から遠ざけているようです。
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