神の母

④ 神の母思想

キリストを神の子とした以上、神の母がいてもよさそうです。

「アウトゲネースなる神、キリストこそ、見えざる霊(至高神)が大いなる栄誉をもって讃えた者である。なぜならアウトゲネースは彼(見えざる霊)の最初の思考から在るようになったからである。このアウトゲネースを見えざる霊は万物の上に神として任命した」(ヨハネのアポクリフォン)

「最初の思考」とは原父の女性的位相となる配偶者です。正統派の三位一体が「父と子と聖霊」なら、裏の三位一体は「父と母と子」の位相を取ります。たまに三一論信奉者にも「父と母と子」で一つの家族だからと、アウグスティヌスが反駁したまんま異端の説明をしちゃう人もいます。

正統派では女性の位置付けが低く、牧会書簡では女は教会では黙っていよ、余計なことに手出しせず子どもを産んで家事に勤しめ、とあります。

さて至高神の客体との分化が最初の思考(我在り)の原点であり、その思考から「在る」ようになったのがオリジナルの「子」(これは我が子)になります。

ウルトラの父が「いる」ウルトラの母が「いる」そしてタロウが「ここにいる」

聖典解釈はそれくらいの軽快な受け止め方でいいのかもしれない。



「初めに言があり、言は神と共にあり、言は神であった」(ヨハネ福音)

この「子」こそ万物のロゴス、その上に任命されたモノゲネース(アウトゲネース)なる神です。

「太陽で身を装った女で、月がその下にあり、頭には十二の星の冠があって、彼女は妊娠していた・・そして彼女は子を産んだ。男子であり、あらゆる国民を鉄の杖で牧する者である」(ヨハネ黙示録)

ここは文脈を見れば万物に先立つ子が生まれ出ることよりも、神であり人である子の生誕について語っています。

子の生誕後に天界戦争で悪魔が放逐され、「自分の時が短い」ことを知って怒り狂っているから「イエスについての証しの業を持つ者たち」はローマ(大淫婦バビロン)に迫害されている、という解釈が前時代的になると、キリスト教がローマ国教になる「時に応じて」アウグスティヌスの霊的解釈が支持を集めます。

前時代解釈のままではローマ国教の正典に残すには都合が悪いでしょう。

というか平たく言うと単純に外れた、ってことなんですが、暗喩にしておけば「体型」をスイッチしていつまでも先延ばしにできます(永遠に外れない)。


WTも後付け的に文字通りの解釈を避けますが、当時の人が読むと、キリストに先在がある(アブラハムの前からエゴーエイミー:ヨハネ福音)なら天=霊の領域にもお母さんがいたんだね、となってしまいそうな箇所です。

魂の不滅(先在含む)がアウグスティヌスが西洋神学に取り入れたプラトン主義なら、キリストの先在がギリシャ思想との融合ではない、という根拠は何なのかな。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

GUABELLO

Author:GUABELLO
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR