キリストの友

ヨハネ13:35を再考するきっかけになったのは、一通りやりあって引っ越すことになり“研究”を終えることになった、かの福音派の夫婦。

最後に貰ったメッセージカードに一言。

Hopefully, friends in Christ
(願わくばキリストにおける友であらんことを)

負けましたね。

これを改宗させようという下心でもなくストレートに書かれてしまう。改宗させる見込みがないと見切るや、慇懃無礼に研究を打ち切る身内を恥じる他はなかった。

その頃から「自分は正しく、あなたは間違い」という言い方は嫌いだった。

キリストのバシレイアは彼らとの「ただ中」に及んだのか。

自分が「導いた」人は五指に満たないが、すでに自然消滅しているか、亡くなっている。

今となってはそれが救いではあるが。

教え方が悪かったせいかな(組織崇拝の刷り込みが足りなかったのかも)。

聖書の精神は教えたつもりだから、それは残っていたらと願う。
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