悪の存在理由

神が自らの正当性と、悪魔に支配される人間の邪悪さと愚かさを証明するために放置しているというWT宇宙主権論争説。

聖書は答案集や教科書のような公理集ではないので、「悪が存在するのはなぜか」という問いに、万人が読んで意見が割れない唯一の正答はないようです(決定できない)。そもそも善悪の知は選択的に取得したという設定なんだから、選択しかできませんわな。

キリスト教ではアウグスティヌス以来の、悪を「善の欠如」とする考えや、それの延長?とも言えるのか、神の選択的制限による「神の不在」「神の沈黙」という考えがあるようです。

でも自分には「神を免責する」という発想自体がしっくりきません。

人に免責される神・・人間に理由を考えてもらい、それを上手に説明する人に教わることで「やっぱりあなたは全善なる神様なんですね」と拝んでもらえる神って・・神なのかな。

キリスト教ではそれなりの“説明”はあっても、悪の存在理由は中心の教義ではないようです。聖書も、イエスもパウロもその論題を重要なものとして扱っていないので当然ですが。

そこが「分からない」と神やキリストを信じることができない、という前提がない(はず)。

でもそれも人によりけりで、どうしても「説明したい」「分かりたい」という人もいるので、そこをつついて独自の解釈で「結論が出た」と客寄せするのがWT宇宙主権論争説で、キリスト教の本質とはさほど関係のない所で、なぜかその教理がものすごく重要になっている。


話は変わりますが、Mormon.orgでの信者の書き込み・・布教するのはなぜか

『みなさんもおいしいラーメン屋さんを見つけたら人に教えたくなるでしょう?それと同じなんです!』

この答えには好感が持てた。そのうち追従するかもしれないが、宗教探しをラーメン屋選びに例えるのは今のWT的にはアウトだろうが、宗教宗派の教義解釈の白黒や優劣など、そのレベルでおおらかに捉えるくらいが荒れることなく意見をぶつけ合えると思う。

ラーメンの好みや店の評価の違いで人は死なない。排斥忌避しない。罵り合わない。家族崩壊しない。「このラーメン屋さんこそ結論だ」という自分のジャッジ=選択は「正しい」のか?ラーメンという類に対する客観的認識(真理)は実在するのか?この世のどこかに「真のラーメン」は存在するのか?・・と心を病まない。

WTが「悪の存在理由に結論が出ました」と言えば、まあ反証はできない。

これが唯一の正答でなければ他の答えを提示せよと言われても、現実にそんな人はいないと思うが例えて言うなら、自称日本一のラーメン屋の店主が「ウチのラーメンが結論じゃないなら、どの店かを提示しろ!」と勝手に吠えてるようなものだ。

そんなの知らんし、いろんな好みに合うラーメン屋があっていいんでないの。

それも本人が言うなら反証はできないが、同業者からは勝手に言ってね、ということになる。

ただ、これは“ラーメン”だという大抵の人に共通するおおまかな認識は“ある”と思う。

ここで認識論か実在論かに立ち入るつもりもないですが、1~2年ばかり読み漁った程度の感想としては、キリスト教縛りの西洋哲学はそのレベルで読むくらいが面白い。客観的真理とは何か、そもそも存在するのか、いや主体的真理こそ信仰だとか、突き詰めすぎると精神衛生上よくないと思います。

スープ、麺、具の三位一体(笑)・・「ラーメン」という“類”ではなくなるライン。

「キリスト教」ではなくなるとされるラインもあるにはあるが、細かな教義解釈の白黒も含めてそれくらいのおおらかさがあっていいと思う。

そのおおらかさとは対照的に、「唯一の結論、唯一正しい宗教」という大仰な自己言及看板が錆びつき始めた某団体・・そんな店に入る気が失せるだけでなく、通うのをやめる人も増えている。
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