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イエスに倣う

イエスに倣おうとするのはいいんですが。

自分たちはイエスに倣い、世の人とは違い、人を差別しない!という。

もうその時点でどうかと思ってしまうが。

障害者を見世物のようにステージに上げ、「世」でどんな酷い仕打ちを受けたのか、この「組織」ではどれほど愛に溢れる扱いを受けたかのかを語らせる。

この特殊な組織でも救われる?人がいるのも否定しないが、利用されている感は否めない。

イエスが語ったサマリア人の譬えを思い出す。

自分たちこそは律法を守っていると自己賛美するユダヤ人に対して、強盗に襲われた同胞のユダヤ人を助けたのは、彼らが見下す、交渉さえ持たないサマリア人だったというストーリー。

エホバの証人の大会で、「世の人」から受けた親切を語る経験があるだろうか。

ごくわずかにあるとしても、エホバ様の計らいで済まされてしまう。

yhwhは不義で汚れたサマリア人をさえ用いて、義なるユダヤ人に必要な助けを備え、救済することがおできになる、という教訓だったのかな。

彼らの隣人とは、だれなのか。


田川健三氏は、このサマリア人の譬えでさえ、人種偏見の域を出ていない可能性を指摘する。つまり、あのサマリア人がこんな親切をすることもあるんだよ、という。

その真偽はさておき、同胞のエホバの証人から受けた親切しか語らせない、その親切を勧誘と宣伝と自賛の手段としかみなさないエホバの証人の大会主題が、「イエスに倣いましょう」というのは・・皮肉なのか、滑稽なのか。

パリサイ人に倣いましょう、の方がしっくりきてしまう。
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