いない理由

4つあるそうです。どれもこれも今回のWT奴隷解釈変更の理由にはなってはいないが、内容としてはそれなりに面白いです。

聖書が流通していなかった

そんなこと言ったら1世紀からそうですけどね。WTが理想としてやまない、ローマ型クリスチャン核家族に聖書が普及しているはずもない。キリスト教が書物宗教だというのはそうかもしれませんが、初期キリスト教は“聖書”はおろか、何かの印刷物の配布ではなく人を介して伝わった。

「使徒たちの教えに専念した」とあるように、キリスト後の使徒や教父、改革者たちによって教え(教理)が語り継がれ、時には改革され、発展してきたというのがキリスト教側の一説です。

聖書が出回り始めても、改革者たちは予定説を支持するようになった

自分も、過去の遺物になりつつあるガチガチの予定説は神の全能性とやらを論証したがる中世カトリシズムへの反動だと思いますが、それが何の関係が、という感じではあります。

改革者たちは分裂していた

宗教改革からプロテスタント諸派ができた・・だからそれが何の関係が。
WT協会も19世紀から台頭する福音主義から派生した団体の一つだよね。
団体内部は大方一致している、というだけならどの宗派も大抵そうですよ。

予定説を採るプロテスタントはあまり布教しなかった

スプレーン氏が言うように、改宗目的で他国に宣教者を最初に送り込んだのは大抵カトリックです。でもルターなどの改革者を貶めているのではなく、彼らの間にもアブラ注がれた者はいたかもしれないと、ささっとフォローを挟んでいるくだりはスプレーン氏の個人見解かもしれない。


主力英語圏での相次ぐ児童虐待裁判報道でカトリックの悪口も言いづらいのか、この話に限っては「プロテスタントの一派」とみなされる方への抵抗がより強く出ている。

キリスト教史ではWTが指摘するまでもないごく普通の内容で、その間も個人や宗派は特定できないイエスによれば忠実な奴隷は存在してきた!と頑なに主張してきたんじゃないですかねぇ。「奴隷探し」を諦めたと言えばそれまでだが、今さら解釈を変える根拠にはならないよね。

最近の解釈とつじつまが合わなくなったからとも言えないし、三位一体じゃなく予定説を持ってきたくらいで、何か目新しい理由を探そうとしても見つからなかったんでしょう。
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