根源の罪

本題ですが、この木を生えさせた時点で必然だった説。

予定説ぽいが、予知がどうこう関係なく遅かれ早かれ必然だよねという。
そういう意味でエバが人類最初の宗教的存在(の象徴)として“描かれて”いる説。

用心深い蛇と目が合ったとき、無垢な彼女に自分も神のようになりたいと唆す?もの・・
発声器官を持たない蛇の“声”の如く、彼女の内に初めて響く抵抗する声。

神から食べるなと言われた実を、慕わしい(食べてもいい)と知った刹那。

「罪はおきてを通して誘いを受ける」
「貪ってはならない、というおきてがなければわたしは貪欲を知らなかった」
(パウロ)

「ポルノは見るな、ペッティングもダメ」という、全信者向けのも塔記事に書かれるおきてを通して、初めてポルノやペッティングなるものを知るJW集会の無垢な幼子たち。

おきてがなくても罪は罪だが、おきては罪を誘い、罪を知らしめる。

でもこの実の場合、WT洞察は「食べるな」というおきてがなければただの木の実だった可能性を採用する。その場合、おきてがなければ、神がダメだと言わなければ罪が成立しない。

だからまず触れたのは、設定通り(予定通り?)食べるなと言われた実の方だ。

それが原罪なら、初めのおきてがなければ成立しなかった、初めの、根源の罪。パウロが言及した人の内に宿る抗しえない支配、反転させれば支配に抵抗する対の支配。

それを受け継いでいる・・「一人の人を通して罪と死が入った」のも象徴的な言い回し、つまり人の子だから人というだけで、彼らの実在的な行為が何かの物理的な欠陥を生じさせたのではなく(人間はホームベーカリーで焼いたパンじゃない)、生物学的には哺乳類の延長であるヒトが、自体的に神に似た被造性が、自覚的に神のようになったその初め、初めのおきてが知らしめた神に相対する善悪の知。

もうそれ自体が激しく罪、自由という無限の可能性を伴う、絶望的な隔絶を生む罪。WTが都合よく使う“不完全”という生易しい言い訳ではなく、その単語も聖書で見た記憶はない。

銀河鉄道999のように、よく分からない何かのメカニズム的な欠陥を他力で修理してもらえれば、だれもが100%善人になり、永久に機能する物理的肉体が手に入ると思っている。


二人の目は開け、他の動物を見ながら意識しなかった恥辱、己は裸であるとも知った。

その代償として描かれる、地(自然)の呪いと増された妊娠の苦痛(それはだれも選べない)。


今も続くのが「おきて」による宗教敬虔の競争。それが罪を誘っていると知らずに、さらなるおきてを張り巡らして抑制しようとする悪循環。要求と支配のために強迫観念として利用される神、信者の私生活をコントロールするためにダメ押しの恫喝手段として利用される対の悪魔。

このおきてを実践すれば、このおきての解釈はこうだ、このおきては現代ではこう守るべき、に終始するおきて解釈人間の行き着く先がパリサイ主義であり、同じ道を辿る、も塔パリサイ協会です。
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