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窓のない部屋

本を読むと知識や見方が広がる。

どの分野でも良質な本を書く人は、ある意味で自らを犠牲にして、その分野でもさらに狭い領域に特化して資料や情報の綿密な分析を膨大な時間と労力をかけて行う。

その人が生涯のかなりの時間を費やした研究や実経験に基づく考察を、専門知識がない読者を想定して、できるだけ噛み砕いて文章化して推敲を繰り返す。その過程にも時間がかかる。

読む側は、その完成された本を数日で読めてしまう。

でもWT協会は自前の印刷物しか読まないようにさせる。

宗教関連本は直接、読むことを禁じる。

それ以外の本も、多大な宗教活動とその準備を課してそんな暇をなくさせる。

『霊的な人は実にすべての事柄を調べますが,その人自身はいかなる人によっても調べられません』(パウロ)

霊は自由を生み出すのに対し、肉は恐れと束縛を意味する。

「霊の人は一切を判断する」(新共同訳)

読んではいけない、調べてはいけない、と禁じるのは魂の人の特徴。

本のない家は窓のない部屋だとだれかが言ったようだが、外の景色が見えない、閉鎖的な宗教団体という「窓のない部屋」に信者を閉じ込めておきたいのだろう。


ただ、知識を偏重しすぎることは聖書も戒めている。

『多くの書を作れば際限がなく、多く学べばからだが疲れる』
『知識は人を誇らせ、愛は人の徳を高める』
(口語訳)

でもこれも、今のWT協会にあてはまってしまう。

際限なく“最新”の雑誌や書籍を作っては、読め読めとうるさい。読む方が疲れている。

その偏った知識のみで、自分たちだけは唯一の真理を持っていると思い上がる。

聖書を何も知らないアジア人や、それほど学びに打ち込んでいる訳でもないクリスチャンに比べれば聖書を知っているように見えるが、「ああ言われたらこう言う」マニュアル通りに、決まりきった所々の聖句を単発的に開ける、というだけのこと。

神やキリストを幼子のように信じていても知識が間違っていれば救われない、とマニュアル通りの勧誘をする割に、太刀打ちできない知識を持っている人には「謙遜な羊じゃない」という捨て台詞を自らにいい聞かせ、↑のような聖句を使って、大切なのは知識じゃなくエホバ様への愛だと言う。

自分の団体だけにカネと人を集めればいいという人ほど勧誘に熱心なのは皮肉です。
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