新しい理解

創造神の全能性や善性、その存在さえ隙なく論証できる・・WT教理とは衰退した中世神学思想を独自に焼き直し、近代の科学的合理性とミックスしたオリジナル調合レシピといえるかもしれません(他にもいろいろまざっているが)。

中世神学の全盛期が、異教徒・不信心者に対する蔑視・排他性・優越性、異端審問等の教会権力の絶頂期でもあった(と勝手に理解してます)ように、ちっちゃいスケールではあるが、やはり世界最高の宗教と唯一の神的権威を自称しながらピークは過ぎつつある某協会権力も締め付けに余念がない。

彼らが描く創造神の(理想)像は、自らも法に従う立憲君主の延長にあり、そのイメージに沿わない器=神を砕きます。神仏の破壊行為はしないが、人間関係の破壊力はすさまじい。



ようやくカール・バルトの話に戻すと、前に書いたように彼はヒトラーを支持せずドイツから追放された人で、WTでも何度か引用されています。

この人をベースにしたいと思ったのは、神と人との質的差異、溝、隔絶・・言葉は何でもいいですが、それに打ちひしがれるゆえのキリストのみ・・それはパウロの「だれが神の思いを知るようになり、その助言者となったのか」「わたしは(ただの)惨めな人間である」という、WTの手前味噌解釈とは真逆の告白に通じるものがあります。



『いったい、アテネ人もそこに滞在している外国人もみな、何か耳新しいことを話したり聞いたりすることのみに、時を過ごしていたのである』(口語訳使徒行伝17章)

ローマ知識人によって礎が築かれたキリスト教神学や、当初は神学の侍女と言われた哲学でも、耳新しいことを語る人が注目を浴び、やがて「彼はもう古い」となる・・バルトもそう言われる1人ですが、彼自身はそういう傾向を危惧していたようです。

「神の奥義なるキリスト」(パウロ)はとっくに示されたはずなのに、数年ごとにコロコロ変わる新しい理解をありがたがるWT信者にも覚醒組が増えているのか、指導部もついて来いと必死です。


自分含め何かへの理解が変わるなんて誰にも普通にあることですが、神の証人と称して宣伝した終末のタイムリミットの間違いや、自分たちの間違いを間違いだと指摘した人を「反キリスト」と断罪した事実を指摘されると、「あ~それ古い理解だから」で片づける無責任さを指導部の手本からがっちり学んでいる。
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