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真理とは何か

ピラトがイエスに尋ねた有名な質問。

「真理はどこに」という記事をブログ初期に書きましたが、真理を求めながら生きて死んでいく、という不可知論チックな内容でした。真理を「地球は丸い」のように、もう議論が割れていない、科学的に合理性が確証された、信じる必要がない事実の知識に限定するなら、今もそう思います。

だからWTは、進化論は専門家の「意見が割れている」ので真理ではない、とする。

でもBC607年は専門家の意見が割れているどころか、そうじゃない方で意見が一致しているのに、聖書を持ち出してそれが「真理」だと主張する。聖書にすら607なんて書いてないのにね。


それでWT信者にとって真理とは、だれかの主張や解釈が合理的に正しいか間違いか、事実の情報かどうかの問題なので、その真理は簡単に操作できます。自分が強く反論する、専門家の言葉尻を本人の意図お構いなく引用して「意見が割れている」ように見せることもできる。


知覚できる事実には多面性があることを示す有名な話に「盲人と象」があります。

象を一度も見たことがない盲人たちが大きな象を触ると、触った部分によってそれぞれが「象はこういう生き物だ」と全く違うことを言うが、その「どれか1つだけ」が正しいのではなく、すべてが断片的な真実である、というお話。


これは科学的事実の部類です。矛盾する事象が観察や計算で確認されると、それを整合させる枠組みを理論立てて検証を繰り返すプロセスです。それと同じやり方で神の真理を構築しようとするのがWTの聖書解釈手法です。

伝統的解釈や権威に縛られず「自分たちの真理を組み立てよう」とするのは楽しかったかもしれませんが、やがてパズルのようにあちこちのピースを組み合わせて形にした枠組みが権威になってしまうと、それと矛盾する聖書の字句が指摘されると今度はその結論ありきで調整して、一方は象徴(比喩)で、他方は字句通りと説明するようになります。

彼らの真理は自由自在です。



でも聖書のいう真理とは、そのような類の、つまり見たり触ったりという知覚上の、人間が観察し、解釈し、理論立て、検証することで合理性が確証される諸事実の集合ではなく、さらに専門家や人の意見が“割れている”かどうか、とも関係ないようです。
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真理とはなにか?

最近この言葉を言い放ったピラトの気持ちが何となくわかるような気がします。
実は深遠な意味を持つ言葉なのにWTにかかれば実に軽薄な言葉となってしまう。
「真理とはなにか?」
この言葉をどんな意味を込めて言い放ったのか楽園で復活してきたピラトに会ったら聞いてみたいものです。(笑)

奇しくも
真理という言葉を軽薄に扱っていた某宗教団体のことが思い出されます。
オウム○○教
脱力ですな(/_・)/

Re: 真理とはなにか?

> スナフキンさん

イエスも真理そのものとは何かというこの問いに答えていないんですよね。
WTは質問した動機が悪いと決めつけますが、一介のユダヤ人に何が分かる
のか、というのはあったかもしれませんが。

ピラトは復活しますかね~
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