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高学歴①

カルト要素が強い新興教団に高学歴者がいるというのはよく言われることですが、Yahoo知恵袋のやり取りで自分の経験からもしっくりきたのは次の回答です。


彼らは「確かに頭はいいのでしょうが賢くはないから」だと思いますよ。

言われたことを「学ぶ」ことは得意であっても自分で「疑問を持ち考える」
ことができないのでしょう。

故に、事実を無理なく解釈できる論理を考えるのではなく、自分が
「学んだ(と信じ込んでいる)」教理に矛盾しない解釈を考える方に走るのです。



最近の「新しい解釈」を考えているのもこのタイプの人間かもしれません。

WT教義に矛盾しない解釈を考える分には頭はよくても、絶対の前提とするWT教義そのものを疑ってみるほど賢くはない、ということか。

だれでも分かるごくシンプルな理由で否定されているのに、すさまじく複雑かつ難解・・に見える説明で弁護する。肝心かなめのところはうやむやにする、根拠なく言い切っているだけでも、他の水増ししている部分が一見してつらつら整然と書かれているのでなんとなくそんな気になる、という手法はそれなりに頭のいい人が書いているからでしょう。

無学歴の大半の信者に「頭が悪い自分にはよく分からないがとにかく神からの新しい光だ」と思わせるにはそれで十分です。

さらに末端信者はそれを「学ぶ」のみで「考える」訓練はされない、いや考えない訓練。


宗教なんだから何かを前提=公理にしている、そこを疑ったら成立しなくなる・・

という最低限のライン(ドグマ)があってもいいと思います。

キリスト教でもそのラインを超えない範囲で、どこまで科学的・歴史的事実と「無理なく」整合させながら聖書を信仰の典拠とするには多様性があるようです。


WT信者にとっては、彼らの信仰が成立しなくなる境界がWT解釈=「BC607年と1914年」「奴隷は統治体」「輸血という医療行為は是か非か」というあたり、キリスト教と言い張る割には、キリスト教として成立する前提とはおよそ関係がない、聖書の中でもマイナーな字句の解釈を巡って許容範囲が狭すぎるというか、話がちっちゃくて残念ですね。
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