自分で正す

『自分で正そうとするな。エホバを待て』

犬をしつけるかのような、WT協会への隷属を植え込む魔法の言葉。
でもこれって、彼らが非難する過去のキリスト教支配と言ってることは同じなんですよね。

「カエサルのものはカエサルに返せばよい」

「右の頬を打たれたら左の頬を向けよ」

「一マイルの使役に徴用する者がいればもう一マイル行くがよい」

ある新約学者によると、イエスのものとして伝えられているこうした言葉は、普遍的な倫理を語る言葉よりも、そうしなければ(わずかな反抗の兆しを見せることさえ)生活や命さえおぼつかない状態に置かれた、搾取され抑圧された民衆に諭す、表向きの屈服と受容こそ魂の不服従である、というメッセージだとする解釈もあります。

ローマとユダヤ教という二重の支配にがんじがらめにされた当時の状況を考えると、そういう側面もあるのかもしれません。ガンジーも新約の教えから感化を受けていることを認めているようですが、彼の非暴力不服従の精神にも通じるものがあります。

これがやがて為政者が利用しやすいように脚色して解釈された可能性も指摘されています。

『為政者たちも人間で、過ちを犯すものです。でも彼らは国家という秩序を維持するための神の器です。自分で正そう(革命や反抗)としてはなりません。税を納め、国の要求に応じ、国益に資する者となりなさい。それは神に喜ばれ、その忍耐は天の国へ召されることで報われるのです』

これが権力者の保身や私利私欲に利用(活用)された側面もあれば、絶対君主時代の抑圧された人々の希望の拠り所となっていた事実もあるでしょうし、一概に悪いとは思いません。

これを政治と宗教の姦淫だと非難するWT協会も言ってることは同じです。

『組織の指導者たち(統治体)も不完全で、過ちを犯します。でも彼らは神の唯一の組織を指導するために“用いられている”僕たちなのです。自分で正そうとしてはなりません。税(信者一人あたまの寄付額)を納め、組織の要求によく応え、組織に貢献する者となりなさい。侮辱的な仕打ちを受けても別の頬を向けなさい。その忍耐はすぐに来る(はずの)ハルマゲドンを生き残って楽園で永遠の命を与えられることで報われるのです』

WT協会は表向きは政治的な結びつきは見えませんが、↑のような昔ながらの論理で信者をしつけつつ、不動産ビジネスや転売ビジネスで蓄えた巨額の資産の運用先(投資先)を一切公表しないので、そのカネが間接的に(合法的に)この世を支配する者たちに利用されている可能性はあります。


話は変わりますが、昨今のサッカー協会や理研など、任命監督責任に対する上層部の処分が甘く、不祥事が明るみに出た人間のみ切り捨ててお終い、さらにそのような人間のせいで不利益を被ったのは組織の方だと強弁するかのような人たちもいます。

同じような物言いで指導監督責任から逃れようとする統治体に、似たものを感じる人は多いと思います。WT協会が特段悪いという訳でもありませんが、結局はこの世を動かしている小さな歯車(組織)の一つに過ぎない、ということでしょう。
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