神の民

えーと先週までの2つの記事。

『どんな宗教にも誠実に神を信じている人はいる。神はその人たちに目を留めて受け入れておられる。そのような人たちが1つの集団として神を崇拝するために偽りの宗教に関わるのをやめる必要はない』

・・に対する反論。

偽りの宗教と書く時点でWT目線ですが、誠実に神を信じている人であれば別に改宗させる必要はない・・そんな風に考えるJW信者が増えているんでしょうか。

それどころか、JWの中にもWT協会の偽善にかなりの程度目覚めた上で、狂信的な改宗活動にはのめり込まずに、一信者として誠実に神を信じていれば取り立てて関わるのをやめる必要はない・・特に3世4世あたりまえの英語圏とかそういう空気もあるでしょう。

でもこの2つの記事ではいつも通り組織崇拝を助長している一方で、冒頭の言説に対する反論どころかそれを裏付ける内容もかなり含まれているのですが・・混濁していて何がどういう計算なのかよく分かりません。

この2つの記事では民≠組織を部分的に認めています。

神が民を持つようになったのはいつですか・・答え:アブラハムを召命した時

それから約400年の間、『神はイスラエル人を一国民として組織してはいませんでしたが、ご自分の民として認めておられました』(19ページ7節)

はい。旧約でもどこまでが組織されていなくて、どこからが組織された民となったという明確な区別はなく、WTの勝手な線引きです。神の民は組織されていてもいなくても、いつでも神の民です。ヨブは家族の長であり、祭司でした。それが次の記事でさらに確認されています。

『神の民はアブラハムの時代以来、男子の肉の割礼によって見分けられていましたが、この日を境に、それが変わりました。パウロは新しい国民の一人一人ついて、「その人の割礼は霊による心の割礼です」と書いています』(23ページ1節)

はい。神の民を見分けるのは、組織されていることや、組織立つための律法や取り決め事ではなく、アブラハムの子孫であることを示す肉の割礼です。

それは初めから人に見せる、認められるためではなく神との個人的なものでした。だって普通は絶対に見せないところにするしね。だから霊による心の割礼も「心に書き記される律法」によるもので、神は「心の中の隠された人」を大いに喜ばれると聖書にあります。

『あなた方はかつては民ではありませんでしたが、今は神の民であるからです』(ペテロ)

彼らは霊により生み出され、約束によるアブラハムの子孫となりました。

肉の方法が生み出したものはなんでしょうか。

『アブラハムは2人の子を得たと書いてあります。ひとりは下女により、もう一人は自由の女によってです。しかし下女による子は実際には肉の方法で生まれ、自由の女による子は約束によって生まれました・・この女たちは二つの契約を表しているからです。一方はシナイ山から出ていて、奴隷となる子供たちを生み出すもの、すなわちハガルです。そこでこのハガルは、アラビアにある山シナイを表し、今日のエルサレムにあたります。彼女は自分たちの子供と共に奴隷の身分にあるからです。それに対し、上なるエルサレムは自由であって、それがわたしたちの母です』(パウロ)

律法はすでにアブラハムの子孫だった神の民を今や組織するためだった・・そんな言及は聖書のどこにもありません。違反を明らかにするために与えられた律法は、奴隷となる子供たちを生み出したにすぎないからです。

霊によって生み出される民は、自由の女による約束の子たちです。

「ほかの羊」はこの囲い(律法)に入っていなかった異邦人も神の民となることを予告していたと思われるが、WTによれば「ほかの羊」は霊によって神の子とは証しされていない、だから彼らは神の民ではないおまけみたいなものです。

1919年?に小麦と毒麦が分けられた、というWT解釈にも何の根拠もありません。

キリストは人を「ひとりひとり」分けます。小麦と毒麦も同じです。

この2つの記事から導かれる聖書的な結論。

『どんな宗教にも誠実に神を信じている人はいる。神はその人たちに目を留めて受け入れておられる。そのような人たちが1つの集団として神を崇拝するために偽りの宗教に関わるのをやめる必要はない』
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