続・全能の神③

洞察てJW的に結構あぶなっかしいことが書いてあります。否定に回るとはいえ、創世記のシュメール文明由来説やモーセの複数資料説、今回のシャッダイ語源説など、キリスト教や歴史的批評の文献をかなり調査した上で、いろんな見方があることは率直に書いています。

代表執筆者でもあった前任の2人とは違い、宗教ビジネスのグローバル展開に精を出す3代目さんがレイ・フランズに丸投げしてこの本の旧版が書かれた。フランズ氏とその本に関わったギレアデ教務主任のダンラップ氏は“背教”しているが、内容のほとんどは洞察に引き継がれている。

洞察、洞察、と騒がれた時代は早くも過去のようで、最近の結論ありきの解釈変更の連続で、洞察でもかなり重要な部分が“古い理解”に落とされている。あぶなっかしい部分は最近のWT資料で触れられることはまずない。

話を戻します。

エル・シャッダイについて今のところ自分にしっくりくるのが、前記事の②と③、乳房(シャダイ)と強さ(シャーダド)の組み合わせで、慈愛と略奪の二面性を持つ神です。シャッダイが出てくるのは主にヨブ記で、その大部分を成す友との対話中ではyhwhはほとんど使われていない。

ヨブのシャッダイへの思いは次の1節にも端的に示されています。


わたしは裸で母の胎を出た 裸でそこに帰ろう
主は与え 主は奪う 主の御名はほめたたえられよ
(新共同訳)


全能者の略奪・・シャッダイはショードする者としても語られている。

それでもヨブは、生を与えられたときは命一つだったのだから、

主がすべてを奪い命一つに戻ったとしても、息絶えるまで主の御名を称える覚悟だった。

かのユダヤ人信仰者の内に見たのも、その種のシンプルな信念です。

奪ったのはサタンでは?というのは抜きです。妨げる者についてはまた書きますが、ぜんぶあなたがやったとして、あなたを呪わないかどうか見てみましょうよ、というオファーです(yhwhの究極意思の承認なしでは彼は何もできない)。彼の“存在”はヨブに明かされてもいない。

ヨブの信念は、後の人間が都合よく思いついた論理的根拠、

テストに合格したらもらえる褒美目当ての、御利益的なものではなかったと思いたい。


与え、そして奪う、慈愛と略奪の神。

だからパントクラトール=何でもできる力、なのかもしれません。
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No title

そうですね。
結局 
なんでもありの神=全能者 
という方向へ短絡的に持っていくなら、JWのなんでもありな教理という方向へも結びつけやすくなる
信者もなんでもありな神の言われることだからそうなんだろうと
どんなことでも受け入れてしまう。
実はそんな単純な構造なんだと思います。
やはり、エホバはJWの神なのでしょう。

Re: No title

> スナフキンさん

某国では全能神を掲げる別の教団が問題になっているようですが、自分たちの神は“全能”と言葉にすれば何でもアリというのはあまりに短絡的ですよね。

ある神学者が約100年前に、既存宗教の限界や危機と向き合いながらも、(人間側の)宗教的事象の制限を根本的に知らない者が宗教の変革者になろうとすれば必ず“劣悪な変種”になるであろうと警告した本を読んだことありますが、けっこうあたってる気がしますね・・

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