霊的宝石

“個人研究”に忙しくてWT記事はしばらくスルーでしたが昨日のやつは強烈でしたね。

『一切の考えをとりこにしてキリストに従順にならせています』(パウロ)

WTによる改変後 →『エホバの組織に対する従順と、エホバが用いておられる人々への従順を示さなければなりません』

改変その①・・「キリスト → エホバ」

改変その②・・「エホバの組織に対する従順」

新約ではクリスチャンに関連して「組織」という語は使われていません(以前の記事)。会衆も単純に人の集まりを指すので、会衆に従順である、という発想もありません。

「指導の任にあたる人に柔順でありなさい」という言葉はありますが、それはその「働きのゆえに重んじなさい」ということです。パウロ本人もそのような働きで知られた人でした。

「誉れを要求する者には誉れを、貢ぎを要求する者には貢ぎを」という言葉もあるように、国の権威にも「服する」ように言われています。それこそ汚職や癒着もあるなど“不完全”ですが、誠実に働いている個々のお役人さんたちも重んじます。

当然、それらのに対する従順は無条件また絶対的なものではありません。長老であっても、彼らに対する従順をキリストに対する従順と同列に語るとか、キリストの贖いを差し置いて聖化の条件であるとか、そういう教えはないようです。むしろキリストへの従順は「神の知識に逆らって立てられた一切の高大なもの」を覆します。


『血を食べることはしないように固く思い定めていなさい』(モーセ)

WTによる改変後 →『血を食べたり輸血を受け入れたりしないよう「固く思い定め」る上で、どんな見方が役に立つでしょうか』

自分たちの解釈を神の言葉に挿入しています。聖書の中で一貫して明確に禁じられているのは、屠られた魂を表す血を食べてはならない、ということで、それ以上でもそれ以下でもありません。

「エホバの聖なる民は、血の用い方を定める権利は統治体にあることを認めます」

ということですね。


『神から顔を背けられ、会衆から断たれることなど、考えただけでもぞっとします』

JW排斥 → 神から顔を背けられる、の再確認というか脅しです。

排斥が「ぞっとする」ような制度であることを認めているようなものですが・・


以上が、この記事の「霊的宝石」でした。
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