信仰者

今年初の記事です。ブログの趣旨もかなり変わってきましたが(だから一度はやめようと思ったのですが)、とりあえず書き続けます。

旧約のことをいろいろ書きましたが、すべてが史実と主張するにはかなりの無理があるものの、それを信仰の典拠とすることは否定していません。

このブログにちょこちょこ出てくる信仰者(ユダヤ人)の話です。

聖書(旧約)をヘブライ語で読めます。ヘブライ語との対訳や逐語訳などの何冊もの聖書、その解説本などで彼の書斎はいっぱいでした。旧約の史実性が批評されていることも知っていますが、彼にとっては信仰の対象なので学問的に反論しようとする様子もありません。

律法が禁じている食物は一切口にしません。ユダヤ教の伝統通り血抜きされた肉しか食べません。普通にスーパーで売っている肉には少し赤い肉汁がしみ出ているものがよくありますが、ああいうの、煮ても焼いても絶対に食べません。でも輸血はOKです(笑)。

エビやカニ、貝類もダメです。寿司が大好きですが「ひれとうろこのあるもの」しか食べません。「エビ食べないの?こんなにウマイのに」とか、からかうように見せつけながら食べても、余裕で穏やかに笑っています。

家の戸口にはメズザが斜めに貼り付けられています。

自分がいる地点の日没時間を調べ、きっかりその時刻に安息日の祈りを捧げます。

でも世捨て人のようではなく、普通に社交性があります。

自分の信仰以外の人と親しく交際すると信仰が弱まるとか、

自分の信条が唯一正しいことの論理的根拠とか、安息日を守る人間だけが楽園に行けるとか、

そういう御利益的な、実は信仰がないことの裏返しのような、何かに逃げる気配がない。

異邦人を汚れている、同胞さえ「地の人」と見下すパリサイ的なイメージや、

サマリア人を忌避し、口もきかない新約のユダヤ人とは別物だった。

安息日には詩篇を昼も夜もささやくような小声で朗読する。

安息日終わりの日没前には香を炊き、一筋の煙がうっすらと上へ昇る。

その香ばしい煙にのせて昇らせるかのように、彼は頭を垂れて祈りを捧げる。

普段は人が見ることがないであろうそのすべての所作に、神への思いが満ちていた。

自分の幸せのためでもない、楽園のためでもない、永遠の命のためでもない、

世界最後の日が安息日なら、その滅亡が神によるものだとしても、

最後の安息日を守って命を神に返すのだろう。

自分がユダヤ教に改宗することもなかったが、彼を「改宗」させる気も穏やかに消えた。

信条や習慣が違っても、彼と自分が信じている神は、同じ神のような気がしたので。

気がしただけですが。
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