神の名⑧

モーセに語った言葉「エヒェ アシェル エヒェ」は、英語にすると「am who am」に近いです(ハーヤー:「ある」の1人称)。ハーヤーには静的自存だけでなく動的生成も含まれるらしく、さらに未完了形(単純未来とは違う)であることから「I will be what I will be」的なニュアンスで訳す解釈もあり、日本語では「なるであろうものである」とか「なるものとなる」という感じです。

全能神にふさわしい(フィットする)意味を好むWTは、yhwhについてもハーワー(ハーヤーの関連語)の3人称使役態と関係付ける解釈=「彼はならせる」を採用しています。

でも前記事に書いたように、モーセに語った言葉そのものは1人称なので、過去も現在も未来も、存在でも生成でも同定でも、自分がいる、なる、~である、と言っているだけです。

自存を2回強調する「有って有る者」(口語訳)という訳や、自存と同定を組み合わせた「『わたしはある』という者だ」(共同訳)という訳もあります。


真理とは何か・・それもよく分かりませんが、「客観的に確認できる事実」に限定してしまうと、WTがよく言うように“意見が割れていないこと”です。

旧約の神名で意見が割れていないのは、大まかに分ければ以下の2点です。

真意はよく分からないが、モーセに「エヒェ アシェル エヒェ」と言った、と書いてある
(カタカナ表記はご容赦を)

それとの関係もよく分からないが、ヘブライ子音字yhwhが神名表記に使われている

その事実を超える解釈は、意見がまとまるどころか多様化しています。

仮にそれが神名だとすれば、人間がその深遠な宣言の意味を限定するとか、こうだと決めつけること自体がおこがましいのかもしれません。自分的には、どうにでもとれる謎めいたことばに、時間、空間、対象、概念(言語)・・何にもリミットされない超越性を感じます。



すべての人が割れることなく支持している宗教信条など、この世に存在しません。
(あたりまえすぎてわざわざ言うのも恥ずかしい)

事実はまだ少ししか存在しませんが、それぞれが信仰の真実を持っています。

科学的・学問的事実と宗教上の真理をごちゃまぜにするグループもあるようです。自分たちの信仰は科学的だとか、唯一の真理だから絶対に幸福になれるとか、そういう類の教えです。

そういう団体に限って、団体名をなるべく前面に出さない勧誘からスタートする、他宗教を尊重すると言いながら、やがてあなたの宗教には救いはないと脅して改宗を迫るようになる、いったんなってしまえば棄教や他宗教への再改宗に対する審問や懲罰を設定される、といった共通の特徴があります。

唯一明白の真理と言いながら、姑息な勧誘行為や執拗な信者離脱阻止に何でそんなに必死なの?言うほど自信がないの?という矛盾が面白い。
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