年次総会②

予型と体型のスプレーン氏の話についてもう少し。

この話ではないですが、予言を外した言い訳として、キリスト教世界にも再臨について早まった期待を持った人はいくらでもいた、という記事を過去に出したことがあります。

この話も同じような論調で、初期の聖書研究者がやたらと暗示的な意味を求めたのは、カトリックやユダヤ教の神学者にも、いわゆる神秘主義的に聖書中の何気ない表現に何かの隠された暗示や神慮があると考え、それを探す研究をしていた人たちがいて、その影響を受けていたからだ、と責任転化しています。間違ったことに限ってはすべてキリスト教世界の影響だ名残だ、という物言いはどうかと思いますが、それもある程度の事実でしょう。

1800年代のアメリカは再臨系の方たちを中心に年代計算ブームみたいなこともあり、ラッセルもその流れに惹かれて加わった一人でした。福音主義は、ラッセル当人も認めたように、進化論の台頭や高等批評、世俗主義によって弱まりつつあったクリスチャンの信仰を刺激する魅力があったようです。(このくだりは挿入)

ただ「予型探し」は好奇心や興奮を誘うだけに、誤った判断もしやすい、と言っています。

ラッセルはエジプトの大ピラミッドにまで予型的な意味があると考えそれを研究していた、ラッセルの墓の横にピラミッドがあるのはその影響だと、さらりと認めています。みなさんも知ってるでしょ?くらいの軽いノリでしたが、自分は批判系サイトでしか見たことないです。

表向きはラッセルを奴隷から除外し、さらに墓の事実まで認めておいて、そのラッセルがまさに暗示探しのようなやり方ではじきだした1914年だけには何としてもしがみつくのはなぜなんでしょうか。しかもその年はキリストの再臨ではなく、ハルマゲドンの年だと宣伝していたのです。

それが見事に外れたのに、今度はそれを起点に変えてタイムリミットを設定し続け、何回も外れる度につぎはぎしながら維持してきたのはなんなんでしょうか。統治体の権威付けと言えばそれまでですが、この組織がラッセルにルーツを持つのは消せない事実であり、そのラッセルとは切っても切れない何かがあるのでしょうか。


それは置いといて、話の内容自体は1914年や奴隷の解釈を否定しかねないものです。本丸の解釈を存続させるために、それ以外の聖書に明確に書いていない不要な解釈や説明をそぎおとそうというただの計算なら、信者の知性を見くびっているとしか言えませんね・・


『王国が内部で分裂するなら,その王国は立ち行かないのです。そして,家が内部で分裂するなら,その家は立ち行かないでしょう』


建前でも計算でも、解釈がその内部で自己矛盾=相反する要素を抱えてしまうなら、それは立ち行かなくなるような気がします。
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No title

最近はまずはさわり程度に新しい理解を発表し、反応を見てから一歩踏み込んだ説明をしたり
既成事実として構築していく手法がとられているように思います。
ラッセルが奴隷から外されたのは去年の年次総会でしたが
多くの信者はその意味について深く考えることはなかったように思います。
今回、バッサリと切り捨てる方向性を明らかにしてきたわけですね。
1914年に関しては今の統治体存続に不可欠なので外すことはしないが、
今後、ラッセル起源の教理であることはあやふやにしていきたい。
そんな思惑が見え隠れしているように思います。
やはり、インターネットでJWのルーツに怪しいものがあることが
明らかにされてきている影響も大きいと思います。

Re: No title

> スナフキンさん

> ラッセルが奴隷から外されたのは去年の年次総会でしたが
> 多くの信者はその意味について深く考えることはなかったように思います。

ホントにそうですね。嫌いな宗教信条や習慣には頑なにルーツにうるさい
人たちですが、自分たちのルーツには無関心にさせるのは上手ですね。

さんざん怪しげなことを言われているラッセルを徐々に外しながら1914だけ
にはしがみつくのでしょうね。

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