年次総会

年次総会があったらしいので、JWTVとやらで聞いてみました。長いのでとても全部は見る気になれませんでしたが、スプレーン氏の予型と体型の話です。

つまりは、聖書に明確に書いてない限り、今までのように特定の数字や記述に暗示的、予型的な意味を付すことはしない、ということのようです。

10が地的完全数だの7は天的な完全数だの、そういうやつです。

話にはなかったですが、例えばヨナが三日三晩、魚の腹にいたのはイエスの死と復活を暗示、また予示していました。聖書にはっきり書いてあるからです。

そんな感じで、解釈の余地なく聖書にダイレクトに書いてあること以外に、暗示的な意味を求めたり、付したりしない、ということです。

イエスのたとえ話も、脇役でしかない登場人物や小道具など、細かな表現がいちいち誰か・何かを予示しているとか複雑な説明はやめ、シンプルな教訓に焦点をあてる、と言っていました。

なんかまともなこと言ってますね。

んなこと言い出したら1914年とか、奴隷が誰とか、どうなるんでしょうか。

ダニエル4章の「大きな木」・・

それが予示していたと聖書が明確に書いているのは、ネブカドネザルと彼が経験する7年の狂気だけです。当時の世の支配者だった彼がこの予言通りのことを味わったのなら、上位の支配者である神が王を廃し、王を立てる権威を持つ存在である、という教訓は十分に示されたことでしょう。

「忠実で思慮深い奴隷」・・

その前後の同様のたとえ話が示すように、主人の不在中も勤勉に努めを果たす奴隷は主人の帰りに際し、その働きを認められ、さらに仕事を委ねられる、という当時の一般的な習慣に例えたシンプルな教訓でしかないように思います。再臨についての文脈で語られていはいても、特定の人物・集団を暗示していることを示す記述はありません。

でも、どちらも組織維持のために欠かせない解釈として前面に押し出されています。

結局は聖書と言いつつ、自分たちの解釈次第なんでしょうね。

トカゲのしっぽ切りのごとく、無くしても支障はないが、無駄に調整されるリスクがある説明をごっそりこそぎおとしていくようですね。
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1914だけはどうしても手ばせないのでしょうね。統治体の権威の源泉はそこにしかないのでしょうから。

Re: タイトルなし

究極的には奴隷=統治体の解釈だけですべてが成り立ち、正当化できる組織です。
そのための1914でしょうね。

No title

>究極的には奴隷=統治体の解釈だけですべてが成り立ち、正当化できる組織です

まさにそうなんですよね

私たちは神を崇拝していたつもりでしたが
気づかずに統治体を崇拝していたわけです。
してやられましたね。

Re: No title

> スナフキンさん

今回の総会も、この解釈が変わったからね?時間が押してるから
続きは来年にしよっか?今聞きたい?みたいなノリで、最後は
7人そろって合唱とか、おじいちゃんワールド炸裂してましたね。

誰を崇拝しているのやら。
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