独自の取り決め

久しぶりに、も塔研究記事について書きます。昨日使われたやつです。

『コラとダタンとアビラムはモーセとアロンの権威に逆らい、誇りのゆえに、エホバを崇拝するための独自の取り決めを設けました。エホバは・・反逆者すべてを処刑されました』

言うことが外れる度に預言者ではないと言い訳するが、自分たちは現代のモーセとアロンであり、自分たちの権威に逆らう者は神に処刑されるであろうと脅す時に使う、お決まりの旧約の事例。

それにしても、独自の取り決めを作ってるのは誰?と思ってしまいます。

1世紀に倣うと言うが、年3回の大会、開拓者制度、格差と競争を生む学校、制度化された排斥システム・・

旧約で要求されていた犠牲や習慣はキリストの贖いによって廃され、クリスチャンにとってモーセに代わる権威とはキリストの権威しかないはずですが、その権威を全面的に代表すると称して独自の取り決めを作っているのはだれなんでしょうか。

クリスチャンが集まるための何かの決めごとはあってもいいと思いますが、自分たちが決めたこと以外に何かをする人は神への反逆である、と言い切ってしまうことの方に怖さを感じます。

その少し前にも面白い文があります。

『自分には何でもしたいことをする権利があり、仲間の兄弟姉妹も長老たちも、神の組織でさえも、自分に指図することなどできない、と思うかもしれません。そのような人にとって、エホバの声はかすかにしか聞こえません』

・・逆に聞きたいですが、神の組織と称するだけで、仲間であるはずのクリスチャンに何かを指図できる権威が誰にあるんでしょうか。

使徒と呼ばれたパウロでさえ、信仰を支配する(信仰の主人:新世界訳)権利は自分にないことを認め、時には率直に聞こえる戒めの言葉も、個々の信仰や良識に訴えていたように思います。

自分たちには何でもしたいようにする権利があり、何でも好きなように解釈して指図する権利があり、仲間の信者や長老ごときから指図どころか意見される筋合いもない、と考えている人たちは誰なんでしょうかねぇ。

彼らに神の声はかすかにでも聞こえるのでしょうか。
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エホバの声はかすかにしか聞こえませんって決めつけるのがすごいですよね。

Re: タイトルなし

> エホバの声はかすかにしか聞こえませんって決めつけるのがすごいですよね。

確かに・・彼らの言うエホバの声って何なんでしょうね。
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