ライスクリスチャン

『キリスト教世界の成員は何世紀にもわたって神の言葉を翻訳し,書き写し,頒布する点で主要な役割を演じました。後に諸教会は,聖書を遠隔地の言語に翻訳する聖書協会を設立したり援助したりしました。さらに諸教会は医療を行なう宣教師や教師たちを送り出し,彼らはライス・クリスチャン(食物などをもらえるという理由で信者になった人々)を生み出しました。こうして非常に多くのふさわしくない魚が集められましたが,それらの魚は神の是認を受けませんでした。しかし少なくとも,数多くの非キリスト教徒が聖書に,また腐敗したものであるとはいえ一種のキリスト教に接することができました』(1997年も塔)

腐敗したものとはいえ一種のキリスト教・・今や誰のこと言ってんだ、という感じですが、それはさておき、100年どころか何世紀にもわたって神の言葉を翻訳・頒布する点で主要な役割を演じ、医療を行なう宣教師や教師を派遣してきた・・何がいけないんでしょうか。新興宗教と呼ばれる人たちが「世界のベストセラーですよ~♪」なんて謳い文句で、どさくさに紛れて自分たちの解釈に合うように改変したものを“聖書”だと言って回り、その配布数を自慢できるのはだれのおかげですかね。

さらにそのキリスト教がライス・クリスチャンという「ふさわしくない魚」を生み出してきた、しかも神の是認を受けていないと非難する訳ですが、今やライス・クリスチャンが過去のものになりつつある一方で、最近のJWはフレンド・クリスチャン、サークル・クリスチャンとも言えるかもしれません。

やっかいな長老や信者とは適度な車間距離を保って交通事故には気をつけ、程々の相手を選んで付き合えば、そこまで酷いコミュニティーでもない。組織にいる限りは困った時に助けてもらえることもある。今や希少種どころか絶滅危惧種に近い集会に来る研究生へのラブシャワーの温度も上昇していて、必要な物がないか聞き出して会衆で差し入れまくるなんて話も聞きます。それが悪いとは言いませんがライス・クリスチャンとどう違うのか。

下手にこの組織で「正しいこと」を追い求め、傷ついた仲間のために「何かをしよう」とするととんでもない目に遭います。だから、そんなこと知らんぷりしてればいいのです。

「エホバを待て」という魔法のコトバで、良心もスッキリです。

少数の犠牲はやむを得ないのです。ただの交通事故です。

たまに事故に見せかけた排除もあるようですが、ややこしいことはよく分かりません。

とにかく道の反対側を通り過ぎ、忘れましょう。自分には関係のないことです。

組織の裏側や真実を知ろうなんて血迷っては絶対にいけません。

寄付の強制決議?解釈の都合のいい変更?矛盾?裁判のニュース?

そんな話、どうでもいいんでしょうね。
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