スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

神の国④

前回の続きですが、例えばイエス誕生についてマタイ伝の言及。新世界訳より。

『このすべては,預言者を通してエホバによって語られたことが成就するために実際に起きたのである。こう言われていた。「見よ,処女が妊娠して男の子を産み,彼らはその名をインマヌエルと呼ぶであろう」。これは,訳せば,「わたしたちと共に神はおられる」という意味である』

このイザヤにあるインマヌエルの誕生予告をイエスに適用しているのはマタイだけです。もとのイザヤ予言を読んでもイエスのリアル生涯との関連はさっぱり分かりません。

WTもこのインマヌエルは普通に(処女からではなく)イザヤに生まれた子の1人である可能性も認めつつ、イエスの誕生をも示唆していたとするキリスト教一般の見方も(マタイ福音がそう適用したので当然ですが)支持しています。あれ?名前違うよ?との指摘には、インマヌエルは称号とする解釈です。

ちなみに、イザヤで「乙女」と訳されるヘブライ語は若い娘(処女も一応含まれる)を意味する語ですが、マタイ伝では処女限定のパルテノス(ギリシャ語)になっています。

「イエスは神の子」との前提に立つクリスチャンが使用するようになった旧約70人訳とは一線を画し、ユダヤ教の立場からギリシャ語に訳された旧約アキュラ訳では、この「乙女」という語にパルテノスではなく、原語に近い「若い娘」を表すギリシャ語が使われています。JWはそんなアキュラ訳にYHWHがあることをエホバ表記(→しかも原語表記ではなく翻字までしている)の根拠にしている訳ですが・・

マタイ伝写本がイザヤ引用でパルテノスと“訳した”ことは改ざんじゃない、というキリスト教と一致する解釈を支持するためには70人訳でもパルテノスが使われていることを根拠にする一方で、同じ文脈で新約写本に全く存在しないエホバをしれっと挿入しながら、同じ70人訳がYHWHをキュリオスと“訳した”のは絶対に改ざんですよ?と譲らない。都合よすぎねぇかおい。

インマヌエルの話に戻すと、イザヤを読めばシリアと北のイスラエルという「二人の王」の軍事的脅威からの救いを保証する、もしくはその救いの予言的なしるしとなる子供の誕生です。これはマタイ伝での一例ですが、これがイエスに適用されていれば、当時のユダヤ人やイエスの弟子たちさえ軍事・政治的救済を実現するメシアを待望したのも理解できます。

それで王国(神の国)の話に戻りますが、ユダヤ人の救いに関する旧約の予言がすべて神のイスラエル人=聖霊を受けたクリスチャンにおいて全うされる(パウロ)、もうユダヤ人とは全く関係ない、とするなら、イエスがわたしの王はこの世に属さないと語ったように、旧約での王国についての言及やその成就の仕方も象徴的に捉えた方がしっくりくるような気がします。パウロも自分たちはすでにその王国に移されたと言っているのですから。

王国を安易に「政府」に置き換え、現実世界における政治的変動を起こしてくれるのを今ですかまだですか、と煽ってやまない方々は、キリスト教視点からの旧約理解において未熟だった当時の弟子たちに逆戻りしたかのようです。それが“初期クリスチャン”への回帰と言えばそれまでですが。

仮にそれが誤った期待としても彼ら同様に大目に見てもらえるかもしれませんが、神の唯一の経路と称して何度もタイムリミットまで設定しては「つまずきが来る経路」となり、その間違いを指摘する仲間たちを一方的に排除してきましたからね。ちょっと心配です。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

GUABELLO

Author:GUABELLO
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。