信仰の真実

キリスト教系に限らず、仏教系カルト?とされる団体の人にも、信仰と真実がごちゃまぜになってしまう傾向はあるようです。前にも書きましたが、今や「地球が丸い」という真実を信仰する必要なんてありますかね。

さよなら○○会、というサイトです。

JWについては教義のほぼすべてに精通し、自らもある程度経験した上で批評できますが、それ以外の教団について無責任な批判はしたくないので一応名前は伏せます。

にしても思うのは、西とか東とかに分裂するとか、主流とされる宗派は宗祖の教えから背反した、自分たちこそ宗祖本来の教えを忠実に説くと主張して信者を集める教団ほど、ある程度育つとその勧誘・運営方法がカルト的であると批判されている、ということです。JW問題と一緒で、擁護側にもそれなりの言い分はあるようですが・・

一部、元信者さんの投稿を引用します。

「○○会の組織や体質は問題だと思うが、○○会長が真実を説く唯一の人だから聞く」という人がいます・・そもそも、宗教で説かれる「真実」というのは、証明も反証も不可能であり、まったく確かめようがありません。ですから、それを真実とするか否かは純粋に「信仰」の問題です。

その「真実」と「信仰」の問題を一緒にし、そもそも○○会長が「真実」を説いているという事を自分の信仰の前提にしてしまっている人が多いように思います。真実だから信仰するのではありません。信仰があっての「真実」なのです・・私は○○会の会員には、このことを取り違えている人が多いと思います。
 


・・ええと、他にもですねぇ・・

・昔と今と言っていることが違いすぎる

・内部の不祥事は関係者を粛清してまで闇に葬る

・法論をすれば相手の主張を歪曲して勝ったつもりになる

・会計報告をできないのは人に見せられないような使い方をしている

・自分の指示には「無条件で従え」と朝晩忠誠を誓わせる

・インターネットを見るな、やめた人間の話は聞くなと徹底する

・機関紙や集会で自分のことを褒め称えさせる



この教団や法論のことはよく分かりませぬが、支配体質の批判のされ方は異様な程似ています。

証明も反証もできないことを信じる・・カルト的思考にハマり込んでしまった人には恐ろしく理不尽で、病的な不安に駆られる考えでしょう。大宇宙の唯一絶対の因果律やら真理やら、と思い込んでいたものが否定されるのですから・・

それを超えて何かを信じることができれば、ほんとうの意味で自分と異なる信仰を持つ人をも尊重できるのかもしれません。自画自賛や組織への忠節を繰り返し要求する機関紙、不祥事の隠蔽、やめさせまいとする圧力、忌避・・こういうのって、信仰や自信が実はあまりないことの裏返しなのでしょうか。
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No title

そのサイトって、「さよなら○鸞会」でしょうか?

ものみの塔も、そっくりですね。やはりカルトなんですね。

Re: No title

> zilogさん

ご想像にお任せします・・

経験者の指摘が奇妙な程に一致している、これも「統治体が真理を説く唯一の経路」
という全く同質の大前提のもとにすべてが成り立っている組織だからなんでしょうね。

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