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命の復活

また神学っぽい話になってしまいましたが、続きます。

『どんな人にも光を与える真の光が世に入ろうとしていた。 彼は世にいたのであり,世は彼を通して存在するようになったのに,世は彼を知らなかった。彼は自分のところに来たのに,その民は彼を迎え入れなかった。しかし,彼を迎えた者,そうした者たちすべてに対しては,神の子供となる権限を与えたのである。その者たちが,彼の名に信仰を働かせていたからである』

キリストが来たところで世はそれを知りませんでした。シムチョンも。

ただ聖書を前提にしての私見ですが、彼女はキリストを知って聖霊を受けていないので、神学上、神の子供にはなっていないと思います。キリスト教と無関係な昔話に出てくる人がキリスト教神学的に神の子供かどうかなんて大きなお世話でしょうが、聞かれればそう答えるしかないでしょうね。

ではキリストを知る人に開かれる機会とは何でしょうか。以前の記事にも書きました。

『わたしは・・王国のための契約を結び,あなた方がわたしの王国でわたしの食卓について食べたり飲んだりし,また座に着いてイスラエルの十二部族を裁くようにします』

キリストと共になる人が行なう裁きとはなんでしょうか。

『海はその中の死者を出し,死とハデスもその中の死者を出し,彼らはそれぞれ自分の行ないにしたがって裁かれた』

キリスト教経験者がその他人類を裁くというと他宗教の人は面白くないかもしれませんが、キリスト教経験者と書くと俗っぽいですが、あくまでキリストを人類の救い主・裁き主として迎え入れるのがキリスト教です。ただこれもキリスト者の間では幅広い見方があり、14万4千人の話をしたら、ガンジーや歴代のダライ・ラマからも何人か選ばれるんじゃないかな、と言う人もいました。

どこかの某教団のように、キリスト教経験者どころか、マイナー教団である自分たちの中の選ばれた上級信者、今やその内のたった7人のおじさんの言う事を聞くかどうかがハルマゲドンにおける永遠の裁きの根拠になるという解釈よりは「奇妙」でも「ばかげて」もいない、と思います。


この生を超える何かについて聖書が語る言葉は抽象的で、個別のケースについて何を言っても憶測でしかありません。人を地獄で脅すなんて中世的なキリスト教の方が過去になりつつあるようですが、シムチョンのような人たちも生前の善行ゆえに「命の復活」を受けることを願いますが、ただの憶測までも真理と称して宣伝しようとは思いません。

だから伝道の書の「すべてのことに関する裁き」が私審判とか公審判とかよく分かりませんが、「神の摂理による何かの定めがあるに違いない」と穏やかに希望することも間違っていませんし、むしろそれがほんとうの信仰、また慎み深い答えなのかもしれません。
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