聖書研究

JWの聖書研究とは、字句(ピース)探しです。

例・・人は死んだらどうなるか ⇒ 「死んだ者には何の意識もない」

聖書のあちこちから断片的な字句を探して、それを表面的にぶつかったり、矛盾したりしないよう、パズルのように組み合わせることが「真理」だと思っています。

『聖書の基礎的な教えすべてが,この本のおかげで一枚の絵としてまとまり,ジグソーパズルを完成できたような気持ちです』

『神についてのうそを教えられてきた人が聖書を理解しようとするのは,ジグソーパズルのピースを,間違った絵を参照しながら嵌めるようなもので,幾つかのピースを正しく嵌め込んでも,その絵全体に合わないので苛立ちを感じてやめたくなるのです。しかし,正しい絵を見ながら始めれば,ピースはそれぞれ正しい位置に収まります』

こういう文言から分かるように、初めっから「正しい絵」=この本=JW教材を見ながら断片的な字句(ピース)をハメていく作業です。だから聖書の膨大な数の節の中から引っ張り出すピースは大体決まっていて、ハメどころが分からないその他多くの聖句は無視するか、自分たちが前提=結論とする「正しい絵」にハマるように解釈すべき、と言います。

死んだら?どうなるかについては次のような聖句もあります。

『わたしたちはみな[死の]眠りにつくのではありませんが,わたしたちはみな変えられるのです。一瞬に,またたくまに,最後のラッパの間にです。ラッパが鳴ると,死人は朽ちないものによみがえらされ,わたしたちは変えられるからです』

JWはラプチャー(携挙)を否定する立場で、↑の聖句も1914年以降に自然死する14万4千人のみに生じる即座の復活、という解釈です。だからハルマゲドン時にも14万4千人はまだいるかも ⇒ 現在の解釈は「もういない」⇒ でも大患難の開始時点ではいるようだ・・(統治体世代交代の代償として14万4千人の募集解禁、残りの者が減少=終末のカウントダウン解釈が破綻した)なので、本当に終末が近いのなら、高齢者限定の第2グループから外された若手のサンダーソン君とかは、ぽちゃり体系お肌ツヤツヤのままハルマゲドン前に「取り去られる」必要があります。

これは言葉遣いを変えているだけで、14万4千人を文字通りと解釈する違いがあるくらいで、その生じ方は一部のキリスト教が信じている再臨前携挙とほとんど同じになりました。

聖書はいろんな人がいろんな時代にいろんなことを書いていますので、特定された字句の組み合わせだけで分かったつもりになれる本ではないと思います。

これは大昔から指摘されていますが、JW集会は聖句が断片的にしか出てきません。主要集会のWT研究は、その名が示す如くWTの朗読が大半を占め、指定された聖句も読まれますが、部分的に数カ所、朗読にかかる時間は2~3分程度です。これで「主要な教材は聖書」らしいです。

聖書史や原典・原語についての知識の量や正確さを誇ることが信仰でもないと思いますが、聖書研究というからには、字句を探して組み合わせてのパズルゲームではなく、聖書各書の著者、対象、歴史背景等に関する客観的な調査や考察も必要と感じます。JWと“聖書研究”を始めても、指定教材と新世界訳のみを使ってのJW解釈・戒律の断片的根拠(ピース)を覚えさせられる作業で、あてが外れてやめてしまう人も多い。

このブログで書きたいことも大体書いてすっきりしたので、もうやめようかとも思いました。新世界訳の断片的な字句引用をやり返しての組織批評にもようやく終わりを感じてきた、というか飽きてきたので、ほんとうの聖書研究に時間と労力を使いたいという気持ちもあります・・が、組織の迷走ぶりが割とおもしろいことになってきてるのでもう少し続けようかと思っています。
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