続・輸血

輸血問題でJWに見られる傾向は、輸血のリスクと無輸血医療のメリットをやたらと強調することです。それは論点をずらしている、と思います。

当初、JWは「健やかにお過ごしください」というヤコブの言葉に「健康にいい」との意味合いがあるかのように適用していましたが、今ではその言葉は「さようなら」の慣用句でしかない、と認めるに至りました。実際、神が血を避けよ、と命じている理由が「体=健康に悪いから」というなら、命を賭してまでそれを拒否する聖書的な理由が見当たりません。

ノアの時代に「血を伴う肉を食べてはならない」との命令は、血によって表される命を神聖なものとし、食べるために殺す命=血は地面に注ぎ出す、という掟と理解しています。もちろん生きたままの動物の肉や血を殺さずに食すことなど、言うまでもなくさらに残酷でしょう。ヤコブの言及も同様に、血(を伴う肉)を避けよ=食べてはならない、ということです。

つまり「食べるか食べないか」だけの話で、命を左右する類のものではありません。聖書が明確に特定している「殺して食べる」行為と、聖書に何も書かれていない医療としての「生きたままの移植」行為をごっちゃにしていいのでしょうか。臓器移植もNGになってしまいますね。事実、JWはそう解釈していましたが、今では“調整”されて臓器移植は個人の判断になっています。

個人レベルで安易な輸血はしたくない、というなら別の話ですが、問題は不測の緊急事態が生じた時に救命措置として行う輸血をも全信者に禁じている、ということです。リスクなど承知の上で、命を救うための一種の移植行為として行ないます。献血者の命を奪う事もありません。臓器移植も輸血も術後のリスクがあるのは当然で、必要もないのにしてほしい人もいないと思います。

「血(を伴う肉)を食べるな」という文言が、救命措置として行なう輸血という医療行為を神が禁じているという人間の解釈に強制力を持たせ、神聖な命を失わせてもよいのでしょうか。

「輸血のリスク VS 無輸血のメリット」

「輸血拒否で死んだ人数 VS 無輸血医療で恩恵を受けた人数」

「安全な血液確保のためのスクリーニング手法の進歩 VS 無輸血医療の進歩」


という勝負ではないと思います。

無輸血医療が進歩するのは普通にいいことです。でも過去において現場の医師が、自分の知る範囲で他に手段がない、その時、目の前の命を救いたい、とやむなく行う緊急措置としての移植行為までを神が本当に禁じていたという根拠を、医学ではなく純粋に聖書そのものから示していないように思います。JW解釈の正しさは、医学上のリスクの有無に依存しているのですか。

純粋に聖書だけを読んで、神が本当に禁じていると思うならそうしてください。禁じられた木の実は毒だったんですか。その成分と体に与える影響を医学的に調査して「理に適った禁止命令だ」とでも言いたいんですか。一方で分画なら個人の判断でいいよ、なんて偽善的な指導はもうやめましょう。木の実を丸ごとかじらずに、ジューサーにかけて果肉を除けば飲んでもよかったんですか。

臓器移植解禁の時に一緒にやっちゃえばよかったのに、今さら後には引けないので、部分輸血を徐々に解禁しながら少しでも一般ウケしようと論点をずらしているだけです。ヤコブが割礼問題のおまけで語った「避けよ」の1点張りがもう限界なのを、指導部も薄々分かっているように思います。


過去、無輸血手術を同意しながら緊急時には輸血する方針を立てていて、それを実行した病院側が敗訴していますが、それは仕方ないと思います。はっきりと、命に関わる緊急時には輸血します、と言ってイヤだというなら他を探してもらうしかないでしょう。病院側の良識やリスクはお構いなしに自分の権利ばかりを主張するJWに辟易して受け入れを断る病院も増えていると聞きます。

日本支部が近々、手術時に病院側から署名を求めるよう信者に指導していた書類の一部を廃止する話が拡散されていますが、そんな背景も理由なんでしょう。さじ加減一つの微調整で段階的緩和なんて神権的戦術はやめて、組織のメンツよりも人の命が神聖だと思うなら、さっさと全面撤廃、すべては個人の判断と自己責任にした方がいいんじゃないかと・・
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No title

木の実を丸ごとかじらずに、ジューサーにかけて果肉を除けば、のところで思わず吹いてしまいました。分画許容の滑稽さをよく表していますね。と同時に、そんなしょうもないことで人の命が左右されてしまうことの深刻さを思います。

JWの大罪は、このように神の言葉をまさに弄ぶところにあると私は思います。

Re: No title

> AC後屋さん

聖書にない分画という医学上の?概念を持ち込み、それを根拠に部分輸血を解禁した時点で疑問に思い始めた人も多いと思います。命が直接関わる部分でそんなさじ加減一つの適当な事を言われては・・行き過ぎた字句主義、原理主義とはいえ輸血禁止も最初はそれなりに純粋な動機だったかもしれませんが、今は組織のメンツのために神の言葉を利用していると言われても仕方ないですね。

No title

 輸血拒否は、ほんとに行き過ぎですね。昔は、輸血した人を賞賛していたのに。ほとんどの人は、過去に協会が、輸血した人を賞賛していたということを知らないと思います。

 ご都合主義の教理で、人の生き死にを決めるのは、ひどいと思います。

Re: No title

> ぴゅうさん

えー輸血が奨励されていた時期もあったんですか。まさに「今日は事実であったことも、明日には間違いになる」状態ですね。ただの神学論争ならまだ実害はないですが、輸血解釈はリアルの命がかかっていますからね。

No title

 はい。ワクチンの禁止を教理にかかげていたときは、輸血にはノータッチだったんですよ。その時期は、人の命を助けるための輸血をした人はほめられていました。

Re: No title

> ぴゅうさん

ワクチン禁止は現役の人もあまり知らない(知らされていない)黒歴史ですね。輸血や献血を称賛していたとは呆れます。輸血禁止もいずれ、ワクチン禁止のように数十年かけて風化させていく作戦なのかもですね。
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