自己認識

昨日のも塔記事も、聖書は「自分の汚点探しの本」とばかりに、とにかく利己的な傾向を克服しろ、という普通に気が滅入るものでしたが、気になったのがヤコブの言葉です。

『み言葉を聞いても行なわない人がいるなら,その人は,鏡で自分の生まれつきの顔を見る人のようなものだからです。その人は自分を見はしますが,そこを離れると,自分がどのような者であるかをすぐに忘れてしまうのです。しかし,自由に属する完全な律法の中を熟視し,守り通す人,その人は,聞いてすぐに忘れる人ではなく,業を行なう人となっているので,行なうことによって幸福になります』

JW的業=活動の奨励に利用するお得意の聖句ですね。

これを根拠に、彼らは聖書=鏡(毎朝出かける前に髪の乱れやひげのそり残し、汚れをチェックする)であり、内面の汚点・欠点を日ごとにチェックするものだ、と主張します。

鏡を比喩に使ったヤコブの真意は分かりません。自分はこれからたぶん違うことを言います。でも1世紀の平均的なユダヤ人が、現代人のように毎朝の出勤前に身だしなみチェック!のように鏡を使っていたのかは知りません。

「鏡で自分の生まれつきの顔を見る」・・とあります。これは自己認識のことを言っていると思います。鏡を見て「自分だ」と思うのは人間だけです。でも自分だと認識したからといってどう、ということもありません。それが自分の生まれつきの顔であり、それ以上でもそれ以下でもありません。鏡を離れれば、自分がどういう顔をしているかを意識して生活する人も、1日に何度も鏡の前に立って自分の容姿を再確認する人もあまりいないでしょう。

それが人間の自己認識の程度です。ヤコブは、良し悪しではなく、ただ人間とはそのようなものだ、と語っていたようにも思います。イエスも「藁とたる木」の例えで教えたように、自分の内面を客観的に判断して言及することにも限界があり、それを忘れがちな生き物です。だから、み言葉の教えを聞いたのなら、まずそれを自らにあてはめよ、という戒めの言葉ではないでしょうか。

自己認識の問題で有名なのが、次のパウロの言葉です。

彼らのうちのある者,彼ら自身の預言者が言いました,「クレタ人は常に偽り者,害をもたらす野獣,無為に過ごす大食家」と』

今さら自分が語るまでもない話ですが、このクレタ人への言及が正しければ、この言葉を語ったクレタ人は正直者です。またはこのクレタ人が、自らが語ったように常に偽るクレタ人であれば、この人が偽り者であって、実は善良で正直なクレタ人を誹謗中傷しているのかもしれません。

自己評価と自己言及が生じさせる表記(言語)上の矛盾は、イエスも語っています。

2人の人が祈っています。1人はパリサイ人で、自信満々に天を仰いで「自分は不義な者ではなく、週ごとに断食をして十分の一税も納めている」と誇ります。

他方、もう1人の収税人は天に目をあげることもせず、「罪人のわたしに慈悲をお示しください」と祈ります。イエスは自分を罪人である、と自己言及した人の方が「義にかなった者」であることを示した、と言います。

さて、前置きがやたら長くなりましたが、これが昨日のも塔記事、「利己的か利他的か」にどう関係するのかは次回にします。
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気になる考察ありがとうございます。
続き楽しみにしております。
それにしても、今回の記事は、組織にも当てはまりまくりで、そういう意味ですごく納得する記事でしたね。笑
聖書という鏡でちゃんと見つめて欲しいですね。

Re: タイトルなし

> 無知さん

聖書は至る所で自己認識の難しさを教えていると思います。イエスに直任命されたペテロが自分の言動に対して率直に意見されたことが出てくる度に思うのですが、この組織じゃ階級が少しでも上の人に強く意見したら排斥されるよねって・・自分を孤立させる者たちはあらゆる実際的な知恵に逆らって突き進むしかないのでしょうか。

No title

 考察面白いです。僕も、聖書に書かれている「罪を認めるなら義と認められる」という観点が非常に、興味深く、好きな考え方です。

Re: No title

> ぴゅうさん

自分に利己的な傾向があることを真摯に認める人は、もうかなりの程度、利己的ではないような気がします。だからそれを「克服せよ」という今回のも塔はちょっと違うような気がしました。罪を認めてどんなに努力しようが罪をなくせないのと同じではないかと。

No title

このパウロがペテロを公に叱責する場面でいつも思うのですが、
いきなり公衆の面前で叱責するよりも、個人的に助言することはできなかったんでしょうか?
パウロの行いも思いやりや親切に欠けた行動だと思うんですが、
やはり聖書に模範として示すためだったんでしょうかね?
それにしても、現代でこれをしたら相手を傷つける弊害の方が大きいと思いますけどね。

にしても、昨日の記事も全体的に窮屈な記事でした。
いかにして自分のできていない点を見つけ出すか、ドMな記事でした。

Re: No title

> スナフキンさん

実際、常に正論を振りかざすパウロは敵も多く、特にエルサレムのユダヤ人信者からは不信感を持たれていたように思います。でも「割礼組」とパウロが呼ぶ者たちが抵抗勢力となることで異邦人からの支持は広まる一因にはなったのかもしれませんが・・
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