服で賛美

『女も,よく整えられた服装をし,慎みと健全な思いとをもって身を飾り・・』

パウロは何も間違ったことは言ってません・・が、問題はこの文言をさらに垣根で囲うかのように独自のルールや規則を付け加える人たちですね。

あと、服装で神を賛美する、って何でしょうか。人間がどういう服を着るかで神の栄光が左右されることなんてあるんでしょうか。イエスは人の栄光を極めたソロモンでさえ、野のゆりほどにも美しく装っていない、と教えました。JWとはいえ服まで自作しているはずもなく、“世”の業者が作ったものですね。そのチョイスとコーディネートで神を賛美できるとは興味深いです。

服装とは、社会通念上のマナーの問題に過ぎないと思います。

営業回りをする人が、Tシャツとジーパンを着るでしょうか。相手がどういう考えや好みか分からないので、社会通念上、日本では大抵スーツとネクタイで行きますし、そのことで相手が気分を害することはないと思います。

だからそんなの、聖書とか信仰以前の問題で、誰もが意識・判断している対人関係のマナーです。宗教とビジネスは同じではありませんが(同じか)、JW的営業回りをする人や演壇から説教する人に同じ服装をさせるのもそういう理由で、そのマナーで優劣を競っているように思います。

JW集会で一般信者にもスーツorジャケット着用、という聖書に書いていないドレスコードが要求されるのはどうでしょうか。主催しているのはJWなのでそれも彼らの自由です。でもそれが神の見方とか聖書の原則、というのはちょっと違うような気がします。

まあ、ジャケット着用を要求するレストランやドレスコードがある社交イベントみたいなもんです。それは主催者側がどういう場所に見せたいか、どういう人をターゲットにしたいか、という営業方針上の判断なので、そこに行く以上は当然のマナーです。

なのでJW指導部が、スーツorジャケット着用が要求されているかのような空気を作り出すのも、彼らの営業戦略上の判断です。そこに行く以上それに従うのもマナーですが、それを勝手に神の見方とか聖書の原則とか言い出しては互いの服装をチェックし、聖書に書いていないアイテムが集会に“ふさわしい”かどうかで裁き合っている様子は滑稽ですね。



ちなみに、集会が「崇拝の場」というのはどうなんでしょうか。自分が読む限り、新約における集会とはおもに個人の家で開かれる、学び合い、励まし合い、慰め合う機会であり、正装や何かのドレスコードが要求される集いのようには思えません。これはも塔でも書かれていますが、JWの王国会館とは、都市ごとに存在したユダヤ人の会堂を意識したものです。会堂から追放するシステムまでそっくりです。

自前の土地と会館を持っていないと認識が低いとばかりに数千万、場所によっては億を超える事実上の借金をさせては残金がゼロになるまで取り立てし、今後は借金をしていない会衆からも自発的な?決議で金を巻き上げる、出版ビジネスに代わる不動産ビジネスに成り下がりましたが。

クリスチャンは何かの場所に依存することなく、霊と真理を持って神を崇拝する、とイエスは教えました。パウロも、クリスチャン一人一人がその内に宿る霊によって崇拝する神殿である、と言っています。神への崇拝だからジャケット着用しなさい、というなら自宅で祈る時もそうですね。

ジャケットを着るのは、神にではなく人に見せるからです。神はいつでも見ています。人に見せるのは崇拝ではなく社会人としてのマナーの問題です。
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No title

 ありがとうございます。僕の感じていることが、ほとんど書かれていました。ドレスコードって、主催者や社会の習慣が作るので、同調せざるを得ないということで、神への賛美とは関係がないと思います。

 マナーを強く語る方は、自分の中でのマナーの意識が強く、他の人の地域性や感じ方を不快に思うようなのですが、僕としては、尊重していただきたいなぁと思っています。

久しぶりのコメント失礼いたします。
JWの中では、集会はエホバが開かれる宴なので、正装をする必要があると教えられてきました。
しかし、神が服装によってその人を受け入れる受け入れないと判断するわけないですね。心と腎を調べられる方です。
マナーは大事ですが、そこに崇拝や神の是認という重荷を加えることはしてほしくないですね。
神もそんなことをいちいち指摘する存在と言われてきっといい迷惑をしてるんじゃないかと思います。笑

Re: No title

>ぴゅうさん

とはいえ、自由なスタイルの人が自分たちを認めるよう一方的に要求し、聖書に書いていないマナーを重んじる人を裁くこともできないですしね。そういう人たちのことも考えてあげるバランスが必要と思いますが、ただJW界では組織のコードを重視する傾向が強すぎて、その人の内面を尊重することや聖書の教えよりも優先されているような気がします。

Re: タイトルなし

>無知さん

お久しぶりです。

すべてのことを神の栄光のために、という文言が独り歩きしている、というか 神 ⇒ 組織 になってしまっていますね。パウロも結婚については「主からは何の命令も受けておらず、わたしの意見」とことわりをいれています。

服装も、時代や地域に依存する人対人のマナーの問題なのに、神の見方とか持ち出して特定のアイテムをどうこう言い出すから、どんどん狭量になってしまうのだと思います。ベテルでは髪は七三、普段着は襟付きロゴなしポロシャツでジーパン禁止でチノパンに裾を入れる、そのチノパンも集会には「ふさわしくない」とか。神が本当にそれを求めているのか、だれかの意見なのか。
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