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神の名⑥

いろいろと書きましたが、結局、文字そのものを神聖とみなすのであればオリジナルの古ヘブライ語で表される神聖4字です。YHWHでもJHVHでもYahwehでもやはうぇでもでもありません。他言語では厳密に表記できません。

発音や表記は重要じゃない、とJWは言います。でも同じ日本語である人が「えほば」、別の人が「やーうぇ」とか「やはべぇ」と発音しているのを聞いて、一致していると思うでしょうか。「えほば」と発声しないと洗礼を受けられない団体を作るのは自由ですが、それが救いの唯一の道ですか。

人間側の言語の違いを言い訳にして、発声が違うなんて当然、では人名と同じです。だから父の代理である子がまさに「人」として人間のフィールドに降りてきたことにより、救いのために、人名と同じようにあらゆる言語で呼び求められる名を明らかにしてくださった、と新約をありのままに読むと感じます。

新約写本に一切ないからといって、旧約のYHWHまで「主」と翻訳するのはどうか、という議論はあると思います。でも原語で表記して自己責任で発音ならまだ良心的ですが、発声を1つに限定した“聖書”まで作っていいのか、というのもあると思います。

実際、クリスチャンは保存されてきた写本を信用しているので、旧約を引用しながらギリシャ語の「キュリオス」と翻訳した新約筆者の行為を、また70人訳でも同じように翻訳するようになった初期クリスチャンの行為を、写字生の背教や反逆ではなく、「御名を神聖に扱う」との彼らの敬神の念により許容されたもの、と考えているように思います。

旧約のYHWHと新約のイエスがごっちゃになる、という指摘はもっともです。旧約に限って言えばYHWHとメシアの区別は明確です。ユダヤ人にとってメシアとはダビデの子孫で、その王統をイスラエルに復活させる人間でした。前にも書きましたが、旧約だけ読んでもまさか神に子がいて、その「子」が人に宿って降りてくる、なんて“冒涜的”なことをユダヤ人の誰も想像していなかったと思います。JWの贖いや主権論争解釈も、キリストが「父より生まれ出た独り子」である必然性を排除しています。人間でも天使でも被造物でも何でもいいんです。

ところがイエスは「神の子」であり、ダビデの子孫であるだけでなくその「主」である方だ、という驚愕の発言をします。さらに「わたしと父は一つ」であり、「わたしを見たなら父を見た」とまで言います。その結果、やがてクリスチャンには旧約の“区別する”意味合いが変化したのではと思います。

もちろん、正統な「さんみいったい」でもいわゆる位格の区別はキチンと認められているので、それを意識して何の矛盾もなく読んでいる人もいます。でも完全にごっちゃになっている人もいて、様態論=神の一人変化のような例えで“説明”しちゃうので、JWが攻撃しているのはそういう人やその説明だと思います。

YHWHとイエスが厳密に「同じ」とも言えませんが、ごっちゃにしても・・まあいいんじゃないでしょうか。イエスは御父の言葉であり、万物も言葉もその方を通してあるからです(新約の公理)。

冒頭の創世記で「わたしたちの像に人を造ろう」とエローヒームが言ったとき、父が子に言ったのですか、子が父に言ったのですか。父が子を通して子に言ったのですか。父と子が思いを「一つ」にして言ったのですか。そんなの知りません(笑)。創造の時になされた“神”の発話の真意など、誰に分かるんでしょうか。

クリスチャンがそれによって救いを得るべき唯一の「名」・・父の、そして救いの代理者として遣わされた方が新約で明らかにされました。数千年もの間、秘められていた名です。その名は「YHWHは救い」、救いを在らしめ、可能にする方であり、その方自らが「あなた方はわたしの証人になるであろう」と語りました。

新約の結び、まさに聖書の結びで最後の使徒は叫びます。「呼び求めた」のはだれの名ですか。


「アーメン! 主イエスよ,来てください」

「主イエス・キリストの過分のご親切が聖なる者たちと共にありますように」



イエスばかりを尊ぶとYHWHを軽視している、と心配する人がいるのも理解できますが、イエスは「わたしを尊ぶなら、父尊びなさい」とは言わず、「わたしを尊ばない者は、父を尊んでいない」と言いました。「わたしの言葉を聞く者は、父の言葉聞きなさい」とも言いませんでした。イエスは御父の言葉そのものです。

JWの信じていることと何が違うんでしょうか。頭のいい人ではなく「心の純粋な人こそ神を見る」のです。自分は、あまりにもシンプルゆえに恐ろしいまでに奥深くもあるこの概念を垣間見ることで、JWとして信じてきたことが全く間違っていたのではないことにも目ざめました。それを「知る」ことがJW組織からも真に自由になることだ、ということにも気づきましたので、勝手に始めたこのブログからも勝手に自由になります。

イエスが本当に「人」であり、「神の子」でもあったのか、さえどうでもいいです。真の信仰はそんな議論からも自由にされています。それはキリスト教信仰の真理(=公理)であり、救いの全面的かつ主要な代理者として遣わされた方を純粋に、シンプルに、幼子のように「一心に見つめる」ことが、神をも見ることになる、それこそがあらゆるキリスト教の真の土台、あまたの建築者たちが退けた主要な隅石なのでしょう。

次回、最後の記事です(たぶん)。




追記:組織を下に見るのもいいですし、聖書も・・人が書いた物ですから、それを下というか、ある程度対等また客観的に見るのも必要かもしれません。でもJWを否定するあまり人間の理性にさらに頼りすぎて、信仰そのもの、さらに神やキリストまでも下に見ることはしたくないと自分は願います。

信仰というフィールドには入らない方からすれば、JW組織に対する幼子のような信仰も、キリストに対する幼子のような信仰も、大差ないように思えるかもしれません。でもそこが今の自分のボーダーラインです。

『「だが,あなた方は,わたしのことをだれであると言いますか」。シモン・ペテロが答えて言った,「あなたはキリスト,生ける神の子です」。イエスはそれにこたえて言われた,「ヨナの子シモンよ,あなたは幸福です。肉と血があなたにこれを啓示したのではなく,天におられるわたしの父がそうなさったからです」』

本当に聖書って論理もへったくれもない(笑)、シンプルな本です。
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No title

<自分は神聖4字が他の神々の名や、ただの人名のように他言語に変換されなかったこと・・その事実に、それによって表される方への畏敬を感じます。まさに「神聖」なもの、とされてきたのです。自分の知る限り、そんな「名」は他にありません。「異端だ、伝統無視だ」と権威で裁くだけでなく、その事実をキリスト教側がもっと知らせる必要もあるのかしれません。>

その知らせる必要の件、○牧師に伝えてきました。
「無理だろう」とのことでした。基本、キリスト教側は、み名にこだわるものみの塔のような問題に関心がないんです。それに、現在は牧師や神父不足で、自分たちの今の仕事をこなすのに精一杯なようです。その点、○牧師はこれまでものみの塔問題に真剣に取り組んでくださいました。み名の問題に関しても、分析し、資料を残し、み名の件を知りたいと思い、訪ねてくるJW達には援助をし、必要があれば、日本のあちこちに行って、○牧師の話を聞きたいという相談者に会って援助してきましたしね。カルト問題なんて関わっても、嫌なことがいっぱいありますしね。私は○牧師のこれまでの働きに深く感謝しています。
キリスト教会側がものみの塔問題に冷たいのも仕方がない現状なのでしょうね。
ですからGUABELLOさんのようなJW、もしくは元JWが、こうしてみ名の問題に関して資料を調べ、思慮深く分析してこのように意見を発信することは貴重なことだと思いますね。

Re: No title


> その知らせる必要の件、○牧師に伝えてきました。
> 「無理だろう」とのことでした。基本、キリスト教側は、み名にこだわるものみの塔のような問題に関心がないんです。

そりゃーそうですよね。新約には1回も出てきませんし。三位一体の論争でさえとっくに終わっているのに、旧約の神名の議論などキリスト教史で生じたこともないんですから。JWが騒ぐ程度では「キリスト教史の論争」として認知も、相手にもされていないのでしょうね。

悪魔の集団のエホバに騙されるな

エホバに騙された。

特に堺のエホバには気を付けろ。

エホバは悪魔の集まり。エホバを駆逐して、平和な世の中を作りましょう~。

堺のエホバは特に注意。悪魔の笑顔に皆さん騙されないようにね。

Re: 悪魔の集団のエホバに騙されるな

最新のも塔でも「騙された」というプラカードを掲げるガラの悪い
背教者の写真が使われてますね。そういう声があまりにも多いので
イメージを貶めるようと頑張っています。

たまにはいいJWの表紙

結局、神の名前にエホバも一つ。

ものみの塔も普通にエホバがいいならば素直に賛美すればいいわけでして。

http://blog.livedoor.jp/csmradio/archives/39005466.html

いつもエホバの証人の印刷物もこんな感じならばいいと思いますよ。

エホバの原点に帰れ!がいいのでは?
無理して絶対にエホバに従え!は悪いでしょうね。

Re: たまにはいいJWの表紙

> 証さん

キリスト教がイスラム教とは違い言語毎の文字表記や発音は自由でOKとはいえ、このオリジナルの古ヘブライ神聖4字に限っては70人訳でコイネーに変換・翻字する試みがごく僅かにあっても定着しなかった、新約にはその痕跡すら皆無という事実がすべてだと思うのですが・・

「エホバ」表記が絶対にダメとも言えませんが、こうやって古ヘブライのオリジナルをそのまま前面に出す分にはまだいいですよね。
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