このブログの目的②

前回書いたように、個々のエホバの証人は、「統治体」の言うことを鵜呑みにして、自分で考えないように訓練されています。それが「エホバ(つまり統治体)」への従順であるとキツーく言いくるめられている。

聖書には「指導の任にあたる人に従順でありなさい」という言葉もあれば、1世紀のクリスチャンの間でモメ事があったときに使徒や年長者たちが介入した、という記録もある。現代でも、世界中のクリスチャンが集まり合ったり、伝道したりするには、聖書に書かれていない「決め事」がある程度は必要と思います。

そうした決め事は仲間の信者に負担を加えないよう必要最低限のものであるはずが、エホバの証人の統治体は1世紀のパリサイ人のごとく、組織の統制・拡大のために聖書で要求されている以上の細かな義務や規則を会衆や個人に負わせ、自分たちは「指一つ」動かそうとしない。「エホバのみ名」と言いつつ、結局は組織を拡大することで、自分たちの解釈と権威を正当化することが最重要なのです。彼ら自身がエホバなのです。

さらに預言者のごとく、聖書の教理や預言の解釈にまで手を出し、その時点での解釈を絶対視することを要求するが、時の経過や世界情勢の変化と共に、自分たちの解釈に矛盾点が生じると、「新たな光」という都合のいい言葉で、あっさり解釈を変えます。

そして「これが楽園に入る唯一の道」と思い込まされている忠実な信者は、今日も人の迷惑を顧みず戸口を叩いて回り、自分だけでなく他人の人生も誤導しているのです。また、(そんなに)悪人ではないはずの長老も、組織が要求している義務・活動を十分に実行していない信者を、社会常識とはかけ離れた「牧羊」をして苦しめています。その結果、組織や会衆からどう評価されるかを気に病むあまりうつ病になる信者が増えています。

このブログには特にこれといった目的もありませんが、エホバの証人の独善的で、矛盾を孕んだ教理が、真面目な信者たちをどのようにおかしな人間に作り変え、苦しめているかについて自分なりの考察を書く予定です。
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自分のブログの欠点

>また聖書を擁護する立場である他の教会関係者からの批判には、聖書の教理を小難しく論じた、エホバの証人の毛嫌いする「神学」の匂いがプンプンする難解なものが少なくありません。

自分のブログもそうなっていて悪い・・・と反省しています。1年やってみて分かりました。

Yahoo!ブログで元JWの人が神学的知識をひけらかしていつも攻撃を繰り返している人もいて自分も影響を受けたのでしょうね。反省したいです。

Re: 自分のブログの欠点

> 証さん

すみません、この頃は今にもまして偉そうなこと言ってますね。書き直したいです。

神学を論じながら罵り合うようなやり取りは好きになれませんでした。でも今はシンプルな福音に惹かれつつも、神学もかじってみてその奥深さを少しは知れてよかったと思っています。少なくともJW批判と同じように、批判するなら相手をちゃんと勉強してからにしましょうね、と言いたいです。
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