14万4千人②

14万4千人の解釈の変更。14万4千人が文字通りの数である、という根本的な解釈を破たんさせないためその数を超えないようにしつつも、終わりが来る前に完全にいなくなってもいけないので、そのバランスを取るために解釈を都合よく変えてきた。

さらにエホ証の最高意思決定機関、統治体メンバーもその一人でなければならない、というのも変更が許されない根本的な解釈の一つ。

1990年代に発行されたエホバの証人の歴史をたどった大型教材の中では、当時の最高権力者、統治体メンバー12人の顔と名前があたかも12使徒でもあるかのごとく載せられる。すべて「1914年世代」のおじいちゃん。この12人が死ぬまでに終わりが来るとでも言いたかったのか。

でもこの12人、全員死んじゃいました。

そこで問題が。この12人に代わるメンバーも当然、「14万4千人」でなければならない。でもまさか1914年世代の今にも死にそうな他のおじいちゃんたちから選ぶ訳にもいかない。そこで1990年代から解釈の変更を図り、相当の経験があるエリート信者であればまだ14万4千人になれる、としてその中から次世代の統治体のメンバーを次々に補充してきた。その一方で記念式が近付くと、「洗礼を受けてそこそこの平信徒共はパン食べるな。身の程をわきまえろ」みたいな締め付けの記事が載った。

補充された人たちは肩でもたたかれたのだろうか。

「君を統治体に推薦したいんだけど、そろそろパン食べて天に行ってみない?」

聖書をどう読もうが、バプテスマを受けたクリスチャンすべては聖霊を受け、キリストの兄弟になるはず。洗礼を受けて相当の期間が経ったエリート信者だけが改めて天への召しを受けるなど、これっぽっちも書いていない。

今は1世紀とは時代が違う、と言うが、「今は時代が違う」と言って聖書を文字通りに当てはめない他の宗派をさんざんこきおろしてきたくせに、自分たちの特権階級と宗教権力を守るのに同じことをしている。


「このパンを食べ、杯を飲むたびにあなた方は主の死をふれ告げてゆくのである」という美しく感動的な聖書の言葉にその通り従おうとしても、一会衆の平信徒がパンを食べたところで「統治体の権威に逆らう、背教しかかってる頭のオカシイ人」と陰口叩かれるのは目に見えている。出席者の全員が「待て」と言われた犬の如く、手も付けずにパンの皿とワインのグラスを黙々と回すだけの異様な光景。
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