悲しい集会

昨日のものみの塔研究は悲しすぎました。記事が悪いのではありません。

「過ぎ越し」からどんな教訓が得られましたか・・

「災厄によってエジプトの初子たちが死ぬと、ファラオはイスラエルを解放しました」

「神のみ使いはエジプトの初子たちを殺しますが、神に従順なイスラエル人は保護され、その後に自由にされます」


エジプトの赤子に何の罪があったのでしょうか。旧約から聖書を読み始めるとこのあたりでつまづきます。普通の感覚です。選民思想全開の残酷神です。自分はJWのようにおこがましくも神を“弁護”するつもりなどありません。

でもこれが、旧約が示す、罪が生じさせる現実なのだと思います。

数日しか生きない乳飲み子も,自分の日を全うしない老人も,その場所からはもはや出ない。人は百歳であっても,ほんの少年として死ぬからである。罪人については,その者が百歳であっても,その身の上に災いを呼び求められるであろう」

人は罪の内に宿され、生まれた瞬間から罪人です。命が1日ごとに長らえること自体が神の憐みです。数日で死のうが、100歳まで生きて死のうが、その命に差異はない・・そんな馬鹿げた話があるか、と殆どの人は感じます。

『道理をわきまえない者よ,今夜,あなたの魂は求められる。そうしたら,あなたの蓄えた物はだれのものになるのか』

これはただのたとえ話なのですか。不慮の事故の可能性のことを言っているのですか。ではなぜ、イエスは愛ある天の父がその人の魂を求めている、と言ったのですか。ただの脅しなのですか。文字通り、神が今夜、自分の命を求めるとしてもそれは全く正当ではないのですか。

過ぎ越しの夜、それはまさにそうした夜だったのです。神は全く正当な権利の内に(創造者に権利も何もありませんが)、乳飲み子の命を求めたのです。それを免れる唯一の手段が、身代わりの命を屠り、その血を戸口に振りかけることだったのです。天使は、その家に住んでいるのがイスラエル人かエジプト人かを判断したのではありません。身代わりの血が戸口に振り掛けられているかがすべてなのです。それだけの話です。エジプト人の初子の命も、イスラエル人の命も全く差異はないのです。ただ神はご自分の憐れむ者を憐れむのです。なんと恐ろしい書物でしょうか。人を支配するために、また実際にその目的で悪用されてきたこれほどの本は他にないでしょう。


「では過ぎ越しからどんな教訓が得られますか」(復習の質問)

「エホバの指示に従ったのでイスラエル人は救われ、エジプト人の赤子は殺されました。わたしたちも、組織の指示に従いたいと思いまーす♪」

「指示にその通り従ったのでイスラエル人は救われました。わたしたちの救いも、奇妙に思えても長老たちの指示に従うことにかかっていることを思いに留めたいと思いまーす♪」


長老:「そうですね」(ニコッ)

・・ほら、こうなるんですよ。


そんなこと言ってんじゃねーよ!!

エジプト人の子どものために泣けよ!まがりなりにも聖書を信じているというなら、自分の命が1日ごとに生かされていることを感謝しろよ!自分が今生きている命など、エジプト人の長子の命と全く等しい価値しかないことを知れよ!

・・毎度のことながら子供の命が絡むと感情を抑えきれません。記事そのものは悪くないのに、こういう捉え方しかできないから、自分たちの想像するハルマゲドンが来るとして、自分たちさえ救われるなら、そこで殺される人間や赤子など、どーでもいいのでしょうね。

救われるための指示って何ですか。

『神は世を深く愛してご自分の独り子を与え,だれでも彼に信仰を働かせる者が滅ぼされないで,永遠の命を持てるようにされたからです』

彼らも彼らなりに贖いに信仰を働かせているのかもしれません。個々の人としての彼らにさえ恵みは差し伸べられるのでしょうか。それは自分が決めることではありません。ただ悲しいです。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

No title

確かにこういう記述を見ると、信仰の有無にかかわらず理解に苦しみます。ただ私なりに思いますのは、古代人、ことに信仰者は、森羅万象あらゆる事象を「神のわざ」と考えていたであろうということです。作物が豊作で国が栄えれば神の祝福、天災、飢餓や病気、敵の侵略があれば神の怒り、というように。そして、選民であるという意識はあるにせよ、自分たちが悲惨な目にあったときも、JWのようにサタンのせいにしたりするのではなく、神からの罰として捉えています。そこは平等なのです。

民族神の枠を超え、人類普遍を愛し救う神という概念は、やはり新約を待たねばならなかったのでしょう。

さらに言えば、人権という概念も、ここ100年ほどでようやく定着してきたものです。現代の視点で、当時存在していなかったものを理由に批判を加えるのは、歴史を俯瞰する神の地位に自分を置くように思えます。恐らく私たちもまた、数百年、数千年後の人類(存在すればですが)から見れば、厳しい批判の対象にされるのでしょうから。

No title

GUABELLOさん ウチの会衆に来て聞いてたのですか?
全く 同じことを注解する方がいらっしゃいました

Re: No title

自分たちもまた、今の良識・常識・一般的とされる概念で判断するしかない存在ですよね。今の人が読めば“普通の感覚”で残酷に思える話も古代の人には“正当”なる神の裁きだった訳ですし。

AC後屋さんの冷静で客観的なコメントで頭が冷えました。ありがとうございます。

Re: No title

>milestoneさん

ある意味、これだけ思考を画一化する教育ってすごいですよね。
プロフィール

GUABELLO

Author:GUABELLO
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR