2世代は異質

自分がブログを書くきっかけになったのは「1914年から2世代でハルマゲドン」解釈(2010年)でした。その1点が納得できないからと言って、いきなりJWの解釈すべてを否定するようになった訳でもありません。もともと?に感じていたことはありましたが、組織の教育通り、必要な情報は「時に応じて」明らかにされる、と自分をコントロールしていました(されていた?)。

覚醒してから、時間をかけてそれまでの疑問を再確認しました。ベレアの人々のように「そのとおりかどうか日ごとに聖書を調べる」ことにしたのです。何かが正しい、という前提で決めてかかることをやめ、聖書そのものとWT資料、そして必要に応じ他の資料を調査しました。

「1914から2世代」の話に戻します。

過去の予言の失敗は、すべて「1914年から1世代」の範ちゅうでした。1925も、第2次大戦前の期待も、1975もです。「1914年から1世代」の中で「早まって期待」しちゃった☆という言い訳も・・その時代にリアルに生きていた訳でもなく、まあしょうがないんでないの、程度の感覚でした。

『現代の神の僕たちも同様の誠実な意図を持ち,イエスが「世代」について言われた事柄から,1914年を起点として計算できる何らかの明確な時間的要素を引き出そうとしてきました。例えば,次のような推論が行なわれました。1世代は70年ないし80年の期間と考えられ,第一次世界大戦や他の出来事の意味を把握できる年齢の人々から成るので,終わりがどれほど近いかは大体計算できる,というわけです。そのような考え方は,いかに善意から出たものであったにせよ,イエスが続いて述べた忠告に調和していたでしょうか。イエスはこう語っておられます。「その日と時刻についてはだれも知りません・・」』(1997年ものみの塔)

かなりの失望と反発はあったでしょうが、「1914年に生きていた人」(1984年教材)が過ぎ去ってしまった以上、仕方がありません。神やキリストがどう、よりもとにかく「もうすぐハルマゲ→楽園」に依存する増加にしがみついても意味がありません。「世代」という語は時間的要素を示唆しない、というのはどうかと思いますが、いずれ起点である1914年も意味をなさなくなると予想するのは自然で、そう考えた人も多かったと思います。

・・しかし現指導部はこの解釈を真っ向から否定し、善意であろうとイエスの言葉とは調和しないゆえにもうやってはいけないことだと明言したやり方 = 1914年を起点として計算できる何らかの時間的要素を引き出そうとする(大体計算する)解釈に逆戻りしたのです。

間違うことは仕方ないです。この世代」=「1914年の世代」=「1914年に生きていた人」が過ぎ去ってしまったのですから、自分たちの解釈=1914年が間違いでした、イエスからのものではありませんでした、と言えばまだ救いはあったかもしれません。

「1914年から2世代」は根本的に異質です。それが真実ならイエスが1世紀にその言葉を語った時点でそのように意図したはずです。イエスが本当に1914年に来て「奴隷」を直に任命した?(1919年)ということは、自分の意図とは異質の解釈、ウソの解釈を奴隷に与え、「偽りの緊急感」を持たせ、宣伝させたと言っているのです。

そして90年経ってようやく“真の意図”を知らせる・・しかも前例を考えればこれが最後の真実である保証もない、それでもこの奴隷に逆らえばわたしに逆らうことになる、これがわたしの導き方だ・・ウソつきはだれですか。イエスですか。

この記事で引用した1997年のものみの塔と比較すれば、その記事を書いた人間が背教したか、背教的な思想を持つ勢力がものみの塔執筆において優勢になったか、としか考えられません。
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No title

>「1914年から2世代」は根本的に異質です

こんな酷い教えを打ち出すとは本当にどうしようもない組織ですね。私は7年前の今頃、現役系背教ブログを書き始めたのですが、その年も天的クラスの数が無制限になったりの教理変更がありましたね。ハルマゲドン無期延期で信者の減少傾向に歯止めをかけたいものみの塔がこんな2世代教理を考え出したのでしょうね。一般の伝統的なキリスト教会だと極端な終末論預言で人を組織に取り込むことなどしないので、世代なんていう聖句を説教でも全然聞きません。例えば、カトリックとかだと黙示録の預言で成就していないのは「公審判」だけだそうです。以前通った改革派教会の教理でも多分そうだと思います。説教では終末はむしろ、個々の人間の人生の終末として語られる事が多いですかね。その方がどう考えてもはるかに早く来ますし現実的ですからね。

7年半ぐらい前にネットを見てからのことを思い出すと、あのJWICで多くの方々がものみに対する「失望と反発」を投書で書かれていたのを見て、このような感情を抱くのは自分だけではなかったのだと確認したのを覚えています。GUABELLOさんもJWの組織の中で生活していると色々大変だと思いますが、こうしてブログに心情を書いたりして気分転換してくださいね。

Re: No title

>Anastasiaさん、ありがとうございます。

JWICはリアルタイムでは見ていませんでしたが、現役の人が同じように感じている、というのはかなりの影響力がありますよね。今は大きなサイトにコメントが集まるよりも、個々の人がブログを立ち上げ発信していていますが、自分のブログもその一つとしてこの組織の行く末をもう少し見ようかと思っております。

100年もたっちゃったんだから、いい加減、御免嘘だったっていって、解散した方が皆のためだと思う。
しぶんの母親は失望のあまりしんでしまうかも知れないが、それもやまた人生

Re: タイトルなし

> 100年もたっちゃったんだから、いい加減、御免嘘だったっていって、解散した方が皆のためだと思う。

実際、1914年を放棄したら解散に追い込まれかねないので、あの手この手でしがみつくのだと思います。

重なる二つの世代

私も決定的に不信感を持つようになったのはこの解釈からでした。
かつて、1914年に生きていた人が過ぎ去るまでに、という解釈を繰り返し強調していたにもかかわらず、何事もなくその世代は過ぎ去っていった。
ご指摘のとおり、そこで、原点に返り、その時がいつかはわからない・・・。
となったはずでしたよね。
もちろん、その時点で以前の解釈は間違いであったことが明らかになりましたが、それはそれでしかたがない。
そのことによって、時を算定しようとすること自体が間違いであったということに気づけたことは進歩と言えるかもしれない。

でも、同じ間違いを繰り返そうとしています。もう、アホです。
そして、JWの歴史はこれの繰り返しなんですね。

にしても、今回のは特別ひどい。
私にはイエスがこの言葉を弟子達に語られたときに
「君たち、実はこの言葉には”重なる二つの世代”という深ーい意味がこめられているんだよ。」
と、考えておられたとはどう考えても、どう読んでも思えないのです。

Re: 重なる二つの世代

人間の間違いを素直に謝罪するのではなく、これがイエスの導き方であると、イエスの任命責任にすべてを負わせ、イエスの方を嘘つきにする・・あ、これを信じて宣伝したら自分は人間の追随者になるんだな、と確信した瞬間でしたね。
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