偏在と遍在

JWの間違いに気づいたからと言って他教会に行く方は少数派で、三位一体は・・という方が多いので物議を醸す内容になるかもしれません(そんなアクセス数もありませんが)。でも三位一体を擁護するというよりも、他宗派が真っ先に裁かれるというなら、これくらいのことは知った上でトライしてほしいという意味も込めて、三位一体についての理解を幾つかに絞って取り上げます。

① 神は偏在か遍在か

JWの神は偏在です。三位一体は遍在です。そう二元に分けてしまうこと自体がどうか、という見方もありますが、JWが三位一体を感覚的に受けつけない理由はこの前提に依るところが大きい一方で、このことが三位一体と関連づけて語られることはありません。

聖書中で、「神はわたしの右手をつかんでくださる」「その目は地を行き巡る」のように、神が人間と同じ五体や身体機能を持っているかのように描かれている場合があります。また幾つかの幻の中では、形ある座にいる方としても描かれています。

さらにソロモンは神殿献納の祈りで「あなたが住まわれる天の定まった場所」と語ります。

この記述から、JWはどこか1点の「定まった場所」にいる(偏在)、人間のように限定された体を持っている神、それが肉体ではなく霊体である、という違いに捉えています。

『み使いたちも物質界の限界をはるかに超えた非常に速い速度で移動することができます。例えば,ダニエルが祈っていた時,神はその祈りに答えるためにみ使いを遣わされましたが,み使いは瞬時に,その祈りが終わらないうちに到着しました』
(JW発行の「洞察」)

↑こういう一文にあるように、人間が祈ると、はるかかなたのどこかにいる神が、“電波”みたいな聖霊を媒介してそれを聞き、天使をタキオンのごとく超光速!!でハケンする、というイメージです。

他方、三位一体では、神は遍在です。

ソロモンが語った「天の定まった場所」はどうでしょうか。

ソロモンはその同じ祈りで、「それにしても,神は本当に地の上に住まわれるでしょうか。ご覧ください,天も,いや,天の天も,あなたをお入れすることはできません。まして,私の建てたこの家など,なおさらのことです!」と、神が特定の場所に限定されるような方ではない、と語っています。

一方で、自分が建てた神殿をあなたが定めのない時までも住まわれる定まった場所を首尾よく建てました」と一見矛盾して表現しているように、その目に見える神殿と対比して語っているにすぎない、とも理解できます。

同様に、神の身体機能に関する記述、さらに特定の座にいる方として描かれている幾つかの幻も、擬人化されているか、少なくとも神の実体や所在すべてを表してはいない、というのが三位一体側のスタンスであり、それはJWもほぼ同じのようです。

イエスもパウロも「神は霊であることを示しました。「神は愛です」のように隠喩とも取れます。でも天に復活する人とは違い「霊のを持っている、とは言っていません。霊そのものなのです。JWも人間が「魂である」という主張で同じ論議を使っていますね。

続きます。
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