神は全能?①

JWが新世界訳の改訳に伴い、神の名「エホバ」の解釈を変更しました。

「彼は(自らを)ならせる」「彼は(すべてを)ならせる」 になりました。

思いのままにならせる対象が「創造物」に広がり、個々の人間も含まれることになります。

聖書の神はオールマイティー(全能神)なので、あたりまえっちゃあたりまえですが。

今までこの解釈に至らなかった理由は「自由意思」問題と関係があるのかもしれません。

映画「ブルース・オールマイティー」でも神がブルースに「すべての力を授ける」ときの唯一の例外が「人の意思だけは操作できない」というものでした。

人間が基本的に自由意思を持っている、という事実は聖書を読むまでもなく当然ですが、「陶器師はどっち?」の記事で書いたように、人間側の自由意思のために神の行動が制限される、という考えが自分はもともとキライです。

「人間の自由意思を尊重する神」とか「人間は倫理的に自由な行為者」という文言は聖書には出てきません。一部のキリスト教に根強い予定説を否定するためのJW造語です。神が全能ならすべてはその意志のはずではないか → いや、わたしたちの「えほば」がそんな残酷なお方のはずがない、という彼らの願望から生まれた解釈が「自由意思&主権論争」と言えるかもしれません。

『神は倫理的に自由な行為者である人間の選択する能力を侵害せず、その選択を予知することはできるが、それも限定的に行うにすぎない』

これが現時点でのJW解釈です。でもこれは、JW年次総会でのスプレーン氏の言葉を借りれば、人間の解釈が神の行動を「リミット=制限」するものです。

神が自由意思を持つ被造物すべてに対しても全能、ということを認めてしまうと主権論争解釈が逆に神の独り相撲に見られてしまう可能性があります。かといって、彼らが今さら予定説を受け入れるはずもない。

改訂されたこの新世界訳には、聖書についての質問に、聖句の引用だけで答えている前書き部分があります。でも聖書だけで答えると一般のキリスト教に近くなるんだな、と感じる個所が幾つかありました。「なぜ人間が苦しむのか」の質問でも、偶然・罪・悪魔の3つだけです。「仕事をどうみなしていますか」では勤労を勧めています(基本的に技術職ですが)。

今回の解釈変更を主権論争や予定説の否定と、どう整合させるのかはこれからでしょうが、そんなややこしい所には立ち入らず、「自分たちの指示に従わない人間は神によって滅びの器に形作られている」みたいに、ただのファシズム的な解釈に利用されるだけだったりして・・今の組織にはその可能性も否定できませんね。

続きます。
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No title

怖いですね。

あなたは「全てをならせる」エホバのみ手の働きに服していますか?

今日エホバはどのように「全てをならせ」ていますか?

今日地上の誰を通して「全てをならせ」ていますか?

あほらし…

あ、僕のブログでも紹介させていただきますね。

Re: No title

>やせ蛙さん

コメントありがとうございます。

今回の解釈自体は聖書、というか一般のキリスト教に近づいた
と思いますが、その神の至上の権威を今やたった8人の人間が全面的に
代表していると主張する現在、その解釈がどう利用されるかには不安を感じます。
怖いですね。
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