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神はどこにいるか②

前々回の続き、神を探し求める方法・・祈り・研究・個人的経験。
参考程度に流し読んでください。

① 祈り・・何を祈るのでしょうか。

『エホバよ,わたしがあなたに申し立てをするとき,事実,裁きのことについてあなたと話すとき,あなたは義にかなっておられます。邪悪な者たちの道が成功を収めたのはどうしてですか。不実なことをしている者たちが皆,屈託のない者であるのはどうしてですか』

生きていく上で理不尽なことには誰もが遭遇します。JW組織においてもそうです。すべての組織がそうではないにしても、役職が上になればなる程、「不実な者たちが皆」成功しているように思える時もあります。

人間の組織に「申し立て」をしても、もみ消される、うやむやにされる、返り討ちにあうことがほとんどです。そんな時、この言葉を思い出して祈ることができます。いつも状況が好転するとは限りませんが、必要以上にネガティブにならなくて済む、そんな内面の変化に神を感じるときもあります。

② 研究

エレミヤは、「ソロモンの事績の書」や「イスラエルやユダの王たちの事績の書」に言及しています。これは聖書の一部ではなく、当時の一般的な文書のようです。

それでJWの“出版物”に限らず、他のキリスト者が著した本も含め、キリスト教史や聖書の知識・理解を自主的に取り入れることです。さすがに限界はありますが・・

「(べレアの)人たちは・・気持ちがおおらかであった。きわめて意欲的な態度でみ言葉を受け入れ,それがそのとおりかどうかと日ごとに聖書を注意深く調べたのである」

何を学ぶにしても大切なのはこの精神ではないでしょうか。ある組織や個人が書いた文書が絶対的に正しいという思い込みやフィルターを通して聖書を学ぶのではなく、全くの逆です。何かを参考にして聖書を学ぶとしても、まっさらな態度で調べ、聖書と相容れない部分は退けます。

それで現役の方にも、組織の命令通りJW発行以外の宗教書籍は読まない、受け取らない、のではなく、もっと「おおらかな気持ち」を持ってほしいものです。エホ証の集会に行かずとも今では公式でほとんどの文書が読めますし、↑の原則を適用して聖書の方をフィルターにして取捨選択するならまだ参考になる部分も多少あると思います。幾人かの現役の方もコメントしてくれましたが、今は捨てるべき部分の方が圧倒的に多いのですが。

③ 個人的な経験

「サタンの手先」の記事でも書きましたが、普通の人生の中にも神はいると思います。

『人はみな,食べ,まさしく飲み,そのすべての骨折りによって良いことを見るべきであるのを知るようになった。それは神の賜物なのである』

聖書は、神を無視してただ「富もうと思い定める」ことを非としますが、JWのように自分たちの宗教活動以外の骨折りは基本的にムダ、という神の賜物を否定するような偏った考えも避けるべきと思います。彼らが、勝手に作った要求や戒律で“未信者”の家族との関係がこじれたり、まともに飲み食いできない貧乏開拓者を長年続けて体壊したり、進学もまともな就職も貯金もしないでただ目先のお金のやり繰りで苦労し、そういった家族・健康・経済上の問題を「信仰の試練(笑)」とか言うのは、まるで「自分の壁を作るのは自分」と言うイチローのようです。

稀代の預言者や一流メジャーリーガーになれる可能性がある人には是非ストイックに頑張ってほしいものですが、もっと普通に神に与えられた人生を楽しめばいいのに、とも思います。

① のような祈りをしなければならない理不尽なことは人生多々ありますが、神に感謝できることも日ごとにあるはずです。

まとめ:「大いなること」を成し遂げることができなくても、何かの組織に依存せずに「慎みをもって神と共に歩む」ことは誰にでも可能だと思います。JW組織の批評と並行して、そのメッセージも発信し続けたいです。
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補足させてください

聖書を熱心に調べたベレアの人々はユダヤ人でした。ですから当然ヘブライ語聖書に親しんでいました。
では、ベレアの人たちにキリストの教えを伝えたのは誰でしたか?使徒パウロです!元パリサイ人で律法学者だったパウロがキリストの教えについてヘブライ語聖書から教えても間違うことはないはずです。それでも!ベレアの人々は聖書を重要視しました。
今日でも、指導の任に当たっている人の言葉を聖書に照らし合わせることが必要でしょう。

「この世代」が1914年を経験した人たちとその後の人たちの二つの世代に当てはまるという聖書的根拠は?

全血輸血はしないが分画使用が良心の決定で良いとする聖書的根拠は?

女児への性的虐待があったとき、警察に通報せずに長老へ報告することを優先させるべき聖書的根拠は?

その他、聖書から説明できないことが多数あることに気づきます。

Re: 補足させてください

補足ありがとうございます。

これも記事に書く予定ですが、自分は、新約部分は無謬ではないと思います。

ベレアの人たちが調べた「聖書」、「聖書」全体は神の霊感を受けている・・これはちーさんの仰るとおりヘブライ語で書かれた、主に旧約の預言書のことです。

人の推薦によって選ばれる統治体を、くじで選ばれた唯一の例外を除きイエスの死後は補充されることがなかった使徒と同列に置くこと自体間違っていますが、その使徒たちでさえ「予言とイエスの教えを解釈する権威を持っていた」のではなく、全くの逆で、彼らのメッセージも「聖書」によって試される必要がありました。

ベレアの人たちは、「使徒の方たちは権威があり、自分たちなんかより聖書をよく知っているはずだから」などと盲従することはありませんでした。今のJWとはえらい違いです。
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